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		<title>キャンベラ旅行</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Jul 2011 19:19:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学3年目・Yr12]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.icet.edu.au/newsletter/?p=445</guid>
		<description><![CDATA[村田侑弥
７月７日
私たち、12年の女子と房枝先生とMs. Gとホリデーに Canberraに行ってきました。
朝早くからの行動開始だったので三人ともとても静かでしたが、途中で大きな虹を見てからは、本来の賑やかさに戻りました。
Canberraでは前回とは違ったいろいろな場所に行く事ができました。
私が一番楽しかったのは(どれも楽しかったです！)大使館巡りでした。いろんな国の特徴を表した建物は興味深かったです。あそこで働けたら、いろいろな国の人に話しかける機会があるんだろうな、働きたいな、と少し思いました。
アメリカはさすが…とてつもなく大きかったです。中国も豪華で輝いていました。日本は静かでおとなしい外見で、日本だなあと感じました。
あとは、房枝先生とみんなでトンカツを作った事です。本当の家族のようにわいわいしながら作業してご飯を食べて談笑して、少し日本の家族が恋しくなりました。
帰国したらお母さんと料理を作ろうと、その時「日本に帰ったらすることリスト」に付け加えました（笑）
それから寒い中、房枝先生たちのキャビンまで３人で大騒ぎして毎回走ったことです。トイレにも駆け込みました。
部屋では音楽をかけて、寝るのは毎回、日付が変わってからでした。それでも３人は元気でした！
この3日間で房枝先生といろいろなこと、自分たちが抱えている不安や悩みなど聞いてもらってスッキリするとともに、自信がもてるようになりました。
大学や試験などで今が一番しんどい時期だと思いますが、それすら楽しんでいければ、この先、ほんの少しの辛さなんて今と比べれば…！と思えるのではないかと
確信してきました(笑)
この旅行のおかげでかなりリフレッシュでき、気持ちも前向きになったので残りの留学生活を満喫します。
最後になりましたが、房枝先生、この旅行を計画してくださってありがとうございました！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;">村田侑弥</p>
<p style="text-align: right;">７月７日</p>
<p>私たち、12年の女子と房枝先生とMs. Gとホリデーに Canberraに行ってきました。</p>
<p>朝早くからの行動開始だったので三人ともとても静かでしたが、途中で大きな虹を見てからは、本来の賑やかさに戻りました。</p>
<p>Canberraでは前回とは違ったいろいろな場所に行く事ができました。</p>
<p>私が一番楽しかったのは(どれも楽しかったです！)大使館巡りでした。いろんな国の特徴を表した建物は興味深かったです。あそこで働けたら、いろいろな国の人に話しかける機会があるんだろうな、働きたいな、と少し思いました。</p>
<p>アメリカはさすが…とてつもなく大きかったです。中国も豪華で輝いていました。日本は静かでおとなしい外見で、日本だなあと感じました。</p>
<p>あとは、房枝先生とみんなでトンカツを作った事です。本当の家族のようにわいわいしながら作業してご飯を食べて談笑して、少し日本の家族が恋しくなりました。</p>
<p>帰国したらお母さんと料理を作ろうと、その時「日本に帰ったらすることリスト」に付け加えました（笑）</p>
<p>それから寒い中、房枝先生たちのキャビンまで３人で大騒ぎして毎回走ったことです。トイレにも駆け込みました。</p>
<p>部屋では音楽をかけて、寝るのは毎回、日付が変わってからでした。それでも３人は元気でした！</p>
<p>この3日間で房枝先生といろいろなこと、自分たちが抱えている不安や悩みなど聞いてもらってスッキリするとともに、自信がもてるようになりました。</p>
<p>大学や試験などで今が一番しんどい時期だと思いますが、それすら楽しんでいければ、この先、ほんの少しの辛さなんて今と比べれば…！と思えるのではないかと</p>
<p>確信してきました(笑)</p>
<p>この旅行のおかげでかなりリフレッシュでき、気持ちも前向きになったので残りの留学生活を満喫します。</p>
<p>最後になりましたが、房枝先生、この旅行を計画してくださってありがとうございました！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>キャンベラ旅行</title>
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		<pubDate>Thu, 23 Jun 2011 23:00:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学3年目・Yr12]]></category>

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		<description><![CDATA[６月２４日
笹谷里穂

今月にあったQueen’s Birthdayと土日の三日間を使って五人でキャンベラへ行ってきました。メンバーはふさえ先生、Ms.G、さき、ゆみ、私です。
この三日間は色々と貴重な話をすることができた三日間だったと思います。またこの三日間はどの日にどこで何をしたかを正確に思い出すことができないほどずっと笑っていてかなり充実した三日間でした。
初日はNational Film and Sound Archivesという資料館のような所へ行きましたが、私自身が映画には全く詳しくないので初めて見る映画のタイトルばかりでした。ただ、やっぱり博物館なので色々な資料や実物などが　おいてあり、かなり興味深かったです。他にもマーケットへ行ったり、大使館巡りに行ったりもしました。大使館は国の特徴が建物にまで出ていたので面白かったです。ただ大使館は働く場所前提なのかとても近代的なデザインな国もいくつかあり、もっと民族的な風景が見てみたかったです。
晩ご飯は先生達と二つに別れてそれぞれのレストランへ。韓国料理は以前何度か食べに行った事があるので、かわらずおいしかったです。個人的に後で聞いた先生達の行ったエチオピア料理に興味をそそられたので一度はトライしてみたいです。
そして二日目は、最初に初日とは違うマーケットへ行き、その近くにあったガラス細工の工場も見学してきました。そしてその後は旧国会議事堂へ行ってそこも見学してきました。この旧国会議事堂はかなりの広さで出口と書いてある方向へ行ったつもりでも出口が見つからないような気がしました。正直なところを言うと、一度中で迷いました。　ここもかなり実物の資料が現存していたので順路で見て行くだけでも楽しかったように思います。そしてここを見終わったあとに昼食を挟んで、最高裁判所を見学し、そして実は一番見るのを期待していた場所、National Gallery of Australiaへ行きました。この美術館が思ったよりも大きく、かなりの展示数だったし、行った時間帯が午後だったこともあり、全てを見ることができませんでした。またいつか機会があればもう一度訪れて片っ端から一つ一つ作品を見て行きたいです。
この日の晩ご飯はかなり前からさきがリクエストしていたトンカツでした。久々に食べたこの時は懐かしい味がしました。
最終日三日目の最初はキャンベラにある電波塔、テルストラタワーへ行きました。以前キャンベラへ来たときにここへは来なかったので来る事ができて良かったと思います。かなり高くからキャンベラを一望でき、キャンベラはまだまだ新しい街なのだなと感じました。
その後は国の造幣局へ行って貨幣の作られている行程などを見学する予定でしたが、貨幣の製造は、祝日のその日はされておらず、資料などを見たりするだけになりました。オーストラリアの紙幣はプラスチック製で日本とは違うのでこれもまた面白いなと思いました。
この後に総督官邸の回りを見学し、昼食をとってからショッピングをしに市内のショッピングセンターへ行きました。このショッピングセンターもシドニーによくある店と違った店はさほどなく、似たような感じで、国内ではやはりどこも有名な店はあるのだなとしみじみ思いました。
三日間は思っていたよりもかなりの早さで過ぎ、またこの短期間でこれだけの場所を訪れることができたことをとても嬉しく思います。またこの三日間は常に笑いがあるような状態で全員が楽しめたようにも感じました。
楽しく貴重な旅行をありがとうございました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;">６月２４日</p>
<p style="text-align: right;">笹谷里穂</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter" title="canberralake_R" src="../wp-content/uploads/2011/06/canberralake_R.jpg" alt="" width="320" height="240" /></p>
<p>今月にあったQueen’s Birthdayと土日の三日間を使って五人でキャンベラへ行ってきました。メンバーはふさえ先生、Ms.G、さき、ゆみ、私です。</p>
<p>この三日間は色々と貴重な話をすることができた三日間だったと思います。またこの三日間はどの日にどこで何をしたかを正確に思い出すことができないほどずっと笑っていてかなり充実した三日間でした。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-435" title="canberra2_R" src="http://www.icet.edu.au/newsletter/wp-content/uploads/2011/06/canberra2_R.jpg" alt="" width="320" height="240" />初日はNational Film and Sound Archivesという資料館のような所へ行きましたが、私自身が映画には全く詳しくないので初めて見る映画のタイトルばかりでした。ただ、やっぱり博物館なので色々な資料や実物などが　おいてあり、かなり興味深かったです。他にもマーケットへ行ったり、大使館巡りに行ったりもしました。大使館は国の特徴が建物にまで出ていたので面白かったです。ただ大使館は働く場所前提なのかとても近代的なデザインな国もいくつかあり、もっと民族的な風景が見てみたかったです。</p>
<p>晩ご飯は先生達と二つに別れてそれぞれのレストランへ。韓国料理は以前何度か食べに行った事があるので、かわらずおいしかったです。個人的に後で聞いた先生達の行ったエチオピア料理に興味をそそられたので一度はトライしてみたいです。</p>
<p>そして二日目は、最初に初日とは違うマーケットへ行き、その近くにあったガラス細工の工場も見学してきました。そしてその後は旧国会議事堂へ行ってそこも見学してきました。この旧国会議事堂はかなりの広さで出口と書いてある方向へ行ったつもりでも出口が見つからないような気がしました。正直なところを言うと、一度中で迷いました。　ここもかなり実物の資料が現存していたので順路で見て行くだけでも楽しかったように思います。そしてここを見終わったあとに昼食を挟んで、最高裁判所を見学し、そして実は一番見るのを期待していた場所、National Gallery of Australiaへ行きました。この美術館が思ったよりも大きく、かなりの展示数だったし、行った時間帯が午後だったこともあり、全てを見ることができませんでした。またいつか機会があればもう一度訪れて片っ端から一つ一つ作品を見て行きたいです。</p>
<p>この日の晩ご飯はかなり前からさきがリクエストしていたトンカツでした。久々に食べたこの時は懐かしい味がしました。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-439" title="telstratower_R_R" src="http://www.icet.edu.au/newsletter/wp-content/uploads/2011/06/telstratower_R_R.jpg" alt="" width="160" height="214" />最終日三日目の最初はキャンベラにある電波塔、テルストラタワーへ行きました。以前キャンベラへ来たときにここへは来なかったので来る事ができて良かったと思います。かなり高くからキャンベラを一望でき、キャンベラはまだまだ新しい街なのだなと感じました。</p>
<p>その後は国の造幣局へ行って貨幣の作られている行程などを見学する予定でしたが、貨幣の製造は、祝日のその日はされておらず、資料などを見たりするだけになりました。オーストラリアの紙幣はプラスチック製で日本とは違うのでこれもまた面白いなと思いました。</p>
<p>この後に総督官邸の回りを見学し、昼食をとってからショッピングをしに市内のショッピングセンターへ行きました。このショッピングセンターもシドニーによくある店と違った店はさほどなく、似たような感じで、国内ではやはりどこも有名な店はあるのだなとしみじみ思いました。</p>
<p>三日間は思っていたよりもかなりの早さで過ぎ、またこの短期間でこれだけの場所を訪れることができたことをとても嬉しく思います。またこの三日間は常に笑いがあるような状態で全員が楽しめたようにも感じました。</p>
<p>楽しく貴重な旅行をありがとうございました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>小学校訪問</title>
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		<pubDate>Thu, 19 May 2011 23:27:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学1年目・Yr10]]></category>

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		<description><![CDATA[5月18日
山田　真子
東日本大震災が起きて約二ヶ月。その爪あとはとても深く今でも福島原発の放射線汚水除去作業の問題をはじめ、その汚染水による漁業への悪影響、電力不足など深刻な問題がいくつもあり、復興への大きな妨げにもなっています。
Swan　Hillには、日本のことが大好きで今回のこの震災についても気にかけてくださる方々が大勢いらっしゃいます。まるで母国のことかのように心配してくださる方も。また、Swan Hillは山形市と姉妹都市です。そのため、山形や近隣の県の被害状況や情報が得たい、そして何か自分たちにできることはないだろうかという話しが多く出たため、震災についてのミーティングが三月に開かれました。メルボルンからわざわざよしこさん（山形県とSwan Hillを姉妹都市として結んだ方）をお招きして震災の現状や、山形県が受けた被害などをお聞きしました。山形県は直接的な被害はあまりなかったものの、宮城県から多くの被災者が非難しているということ、またそのために起こっている食料や避難所の不足が問題になっているなど様々な情報をお聞きました。
この話を聞き私たちは、‘’自分たちに今できることが何か無いか？‘’と話し合いを進め、あらゆる手段を考えました。しかし、募金活動をするにあたってそこにはひとつの問題がありました。それは募金活動の多さです。各地ですでに、ニュージーランドの震災のための募金をはじめ、オーストラリアの洪水被害への募金など、あらゆる場所で数々の募金活動が行われていました。みんな募金をすることに疲れてきている・・・そのような意見も出ました。そこで出た提案が‘’小学校や中学校の訪問、また、町で行われるマーケットなどで紙鶴を折り、そのようなイベントを通し募金をしてもらうという方法はどうか、鶴は平和の象徴といわれる面でもぴったりではないか。‘’という意見がでたため、私のホストマザーが中心となって第一回目が企画されました。

5月18日、私と私のホストマザーのアンはスワンヒルから約二時間かけてRobinvale Consolidated School に訪問しに行きました。先生方も生徒のみんなさんもとても好い方達で私たちを歓迎してくださいました。校長先生のDarrel McDooleさんは先ほど紹介したミーティングに参加された方の一人であり、また山形県にも訪れた経験のある本当に日本が大好きな方です。‘’地震と津波によって壊滅的な被害を受けた東日本の皆さんに元気を出してもらえるようみんなで千羽鶴を折って送りましょう‘’という先生のお言葉で生徒全員が協力してくださいました。
折紙の中でも折り方が複雑な鶴。その上、折り紙をするのは初めてという子が大勢いました。折って直してまた折っての繰り返し・・・大変な作業なのに、ひとりもあきらめず、紙がくしゃくしゃになっても必死に心をこめて折ってくれました。この日は合計３クラスの生徒たちと鶴を折る時間がもらえたのですが、最初の１クラスでもうくたくたになりました。さすがに一人で20人以上の生徒全員に鶴の折り方を一度に教えるというのはとても大変ですね。でも、楽しく素敵な時間をみんなと過ごすことができ、良い体験となりました。みんなの暖かい思いがたくさんこもったこの千羽鶴と募金。被災地の方々に一日でも早く届いてほしいです。
そして、6月2日には募金活動の一環として食事会を開催する予定です。これは、3月11日の大震災で東日本がどのような被害を受けたのか、また現在の状況などをより詳しく皆さんにお伝えし、募金活動に協力してもらうという企画です。一人でも多くの方が協力してくださり、関心を持っていただけるようなすばらしい会になるよう気合を入れてがんばります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;">5月18日</p>
<p style="text-align: right;">山田　真子</p>
<p>東日本大震災が起きて約二ヶ月。その爪あとはとても深く今でも福島原発の放射線汚水除去作業の問題をはじめ、その汚染水による漁業への悪影響、電力不足など深刻な問題がいくつもあり、復興への大きな妨げにもなっています。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-430" title="IMG_0215_R" src="http://www.icet.edu.au/newsletter/wp-content/uploads/2011/05/IMG_0215_R.jpg" alt="" width="320" height="240" />Swan　Hillには、日本のことが大好きで今回のこの震災についても気にかけてくださる方々が大勢いらっしゃいます。まるで母国のことかのように心配してくださる方も。また、Swan Hillは山形市と姉妹都市です。そのため、山形や近隣の県の被害状況や情報が得たい、そして何か自分たちにできることはないだろうかという話しが多く出たため、震災についてのミーティングが三月に開かれました。メルボルンからわざわざよしこさん（山形県とSwan Hillを姉妹都市として結んだ方）をお招きして震災の現状や、山形県が受けた被害などをお聞きしました。山形県は直接的な被害はあまりなかったものの、宮城県から多くの被災者が非難しているということ、またそのために起こっている食料や避難所の不足が問題になっているなど様々な情報をお聞きました。</p>
<p>この話を聞き私たちは、‘’自分たちに今できることが何か無いか？‘’と話し合いを進め、あらゆる手段を考えました。しかし、募金活動をするにあたってそこにはひとつの問題がありました。それは募金活動の多さです。各地ですでに、ニュージーランドの震災のための募金をはじめ、オーストラリアの洪水被害への募金など、あらゆる場所で数々の募金活動が行われていました。みんな募金をすることに疲れてきている・・・そのような意見も出ました。そこで出た提案が‘’小学校や中学校の訪問、また、町で行われるマーケットなどで紙鶴を折り、そのようなイベントを通し募金をしてもらうという方法はどうか、鶴は平和の象徴といわれる面でもぴったりではないか。‘’という意見がでたため、私のホストマザーが中心となって第一回目が企画されました。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-427" title="IMG_0220_R" src="http://www.icet.edu.au/newsletter/wp-content/uploads/2011/05/IMG_0220_R.jpg" alt="" width="320" height="240" /></p>
<p>5月18日、私と私のホストマザーのアンはスワンヒルから約二時間かけてRobinvale Consolidated School に訪問しに行きました。先生方も生徒のみんなさんもとても好い方達で私たちを歓迎してくださいました。校長先生のDarrel McDooleさんは先ほど紹介したミーティングに参加された方の一人であり、また山形県にも訪れた経験のある本当に日本が大好きな方です。‘’地震と津波によって壊滅的な被害を受けた東日本の皆さんに元気を出してもらえるようみんなで千羽鶴を折って送りましょう‘’という先生のお言葉で生徒全員が協力してくださいました。</p>
<p>折紙の中でも折り方が複雑な鶴。その上、折り紙をするのは初めてという子が大勢いました。折って直してまた折っての繰り返し・・・大変な作業なのに、ひとりもあきらめず、紙がくしゃくしゃになっても必死に心をこめて折ってくれました。この日は合計３クラスの生徒たちと鶴を折る時間がもらえたのですが、最初の１クラスでもうくたくたになりました。さすがに一人で20人以上の生徒全員に鶴の折り方を一度に教えるというのはとても大変ですね。でも、楽しく素敵な時間をみんなと過ごすことができ、良い体験となりました。みんなの暖かい思いがたくさんこもったこの千羽鶴と募金。被災地の方々に一日でも早く届いてほしいです。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-429" title="IMG_0216_R" src="http://www.icet.edu.au/newsletter/wp-content/uploads/2011/05/IMG_0216_R.jpg" alt="" width="320" height="240" />そして、6月2日には募金活動の一環として食事会を開催する予定です。これは、3月11日の大震災で東日本がどのような被害を受けたのか、また現在の状況などをより詳しく皆さんにお伝えし、募金活動に協力してもらうという企画です。一人でも多くの方が協力してくださり、関心を持っていただけるようなすばらしい会になるよう気合を入れてがんばります。</p>
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		<title>Melbourne 研修　</title>
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		<pubDate>Thu, 19 May 2011 23:26:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学1年目・Yr10]]></category>

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		<description><![CDATA[5月11日
山田　真子

今年、MacKillo Collegeが始業し、早いものでもう約４カ月が経過しました。最初は、去年一年間体験したYr10の生活と現在のYr11の生活とのあまりの違いに本当にびっくりさせられ、本当にこれから学校や日々生活になじみ、自分らしく物事に取り組んでいけるかと、言葉では表せないような大きな不安を感じた時期もありましたが、現在では大きく変化した環境にもなんとか慣れ、毎日充実した日々を送っています。
一日一日がとても新鮮で、新たな発見や体験であふれています。学校も違うし、学年も違うので、今まで受けたことのない授業もあります。その中の一つにTheatre Studyという演劇やそのために使用されるセットやメイク、そして、数々の芝居についての歴史などを学ぶ授業があります。5月11日、この授業の一環でメルボルンにクラス全員で行きました。本場のplayを観賞し、今度自分たちで披露する舞台の参考にするが目的でした。
会場は風格のある立派な建物で、演劇の題名は‘Next to Normal’というものでした。舞台は派手やかなオーケストラによる演奏から始まりました。その内容は息子を幼くして亡くした母親とその家族の感動的な物語で、涙あり、笑いありのとても興味深い舞台でした。話が展開するにつれて、観客席も緊張感にあふれたり、かと思えば爆笑の渦が起こったりとその表情を次々に変え観客全員を魅了していました。閉幕後、演劇者の方々にお会いし、話す機会をもらった私たちは、今回の舞台について詳しく教えていただいたり、演技をする上で大切なことや日々皆さんが心がけていることなど多くのアドバイス、そして舞台に向けて頑張ってという応援の言葉をいただきました。全員とても有意義な時間を過ごし、一日はあっという間に終わりました。
今回のこの研修は私にとってとても特別なものになりました。なぜなら、ただ単に本場の舞台を見に来ただけではなく、この経験を通して友達との仲をよりいっそう深めることができたからです。
正直言って、私はこのクラスがあまり好きではありませんでした。なぜなら、長いせりふをひたすら覚え、その上、‘’気持ちのこもった良い演技をしろ！‘’なんて私には少し難しいと思われ、あまり抜擢される機会がなかったからです。みんなは自分のやるべきことを頑張ってやっているのにわたしだけ・・・そんな風にいつも一人だけ浮いているような気分でした。そのため、友達とも一緒に何かに取り組むということがなかなかなくてどうしようかと必死で悩んでいました。でも、この研修で友達との仲がいっそう深まり、また、新しい友達もできました。やはり、あきらめず挑戦するということは大切なことだと改めて感じました。これからもこの気持ちを忘れず一つ一つのことに専念していきたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;">5月11日</p>
<p style="text-align: right;">山田　真子</p>
<p style="text-align: right;">
<p>今年、MacKillo Collegeが始業し、早いものでもう約４カ月が経過しました。最初は、去年一年間体験したYr10の生活と現在のYr11の生活とのあまりの違いに本当にびっくりさせられ、本当にこれから学校や日々生活になじみ、自分らしく物事に取り組んでいけるかと、言葉では表せないような大きな不安を感じた時期もありましたが、現在では大きく変化した環境にもなんとか慣れ、毎日充実した日々を送っています。</p>
<p>一日一日がとても新鮮で、新たな発見や体験であふれています。学校も違うし、学年も違うので、今まで受けたことのない授業もあります。その中の一つにTheatre Studyという演劇やそのために使用されるセットやメイク、そして、数々の芝居についての歴史などを学ぶ授業があります。5月11日、この授業の一環でメルボルンにクラス全員で行きました。本場のplayを観賞し、今度自分たちで披露する舞台の参考にするが目的でした。</p>
<p>会場は風格のある立派な建物で、演劇の題名は‘<em>Next to Normal’</em>というものでした<em>。</em>舞台は派手やかなオーケストラによる演奏から始まりました。その内容は息子を幼くして亡くした母親とその家族の感動的な物語で、涙あり、笑いありのとても興味深い舞台でした。話が展開するにつれて、観客席も緊張感にあふれたり、かと思えば爆笑の渦が起こったりとその表情を次々に変え観客全員を魅了していました。閉幕後、演劇者の方々にお会いし、話す機会をもらった私たちは、今回の舞台について詳しく教えていただいたり、演技をする上で大切なことや日々皆さんが心がけていることなど多くのアドバイス、そして舞台に向けて頑張ってという応援の言葉をいただきました。全員とても有意義な時間を過ごし、一日はあっという間に終わりました。</p>
<p>今回のこの研修は私にとってとても特別なものになりました。なぜなら、ただ単に本場の舞台を見に来ただけではなく、この経験を通して友達との仲をよりいっそう深めることができたからです。</p>
<p>正直言って、私はこのクラスがあまり好きではありませんでした。なぜなら、長いせりふをひたすら覚え、その上、‘’気持ちのこもった良い演技をしろ！‘’なんて私には少し難しいと思われ、あまり抜擢される機会がなかったからです。みんなは自分のやるべきことを頑張ってやっているのにわたしだけ・・・そんな風にいつも一人だけ浮いているような気分でした。そのため、友達とも一緒に何かに取り組むということがなかなかなくてどうしようかと必死で悩んでいました。でも、この研修で友達との仲がいっそう深まり、また、新しい友達もできました。やはり、あきらめず挑戦するということは大切なことだと改めて感じました。これからもこの気持ちを忘れず一つ一つのことに専念していきたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>私の週末</title>
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		<pubDate>Thu, 19 May 2011 23:25:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学1年目・Yr10]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.icet.edu.au/newsletter/?p=419</guid>
		<description><![CDATA[星　侑花

土曜日は９時１５分から１２時３０分くらいまでウエイクハーストスクールで日本語を教える先生のアシスタントとしてボランティアをしています。私は一番年少のクッカバラクラスを担当しています。人数は今のところ７人いますが、今度見学に来る子もいると聞きました。
日本語を話せる度合いや読む力、物事を進める速さはそれぞれちがいますが、同じように接するようにと指導している先生からいわれています。やる内容は、日本の絵本を読んだり、ひらがなの練習をしたり、このあいだはこいのぼりを作ったりしました。中には、英語で話しはじめてしまう子などもいますが、そんなときはちゃんと「日本語で話してね」と教えてあげることが大切なんだなとおもいました。
面白いなとおもったのが、子供たちのリセスに持ってくるお菓子や、文房具、服のメーカー、リュックなどから日本だなと感じる部分が多いことです。子供たちは日本も自分の住んでいるオーストラリアも大好きと元気いっぱい教えてくれます。
私は子供が大好きで将来海外で教育関係の仕事につきたいとおもっているので、ほんとに楽しくやらせてもらっています。さらにこのボランティアを始めて、さらに将来の夢をかなえたいという気持ちも大きくなりました。
ホストシスターと冬にそなえてムートンブーツを買いにいきました。まえは会話が途切れ途切れだったけど、今はずーと話していられるので、少しは成長したなとおもいました。もっと話せるようになりたいです。
日曜日は毎週サッカーの試合があります。サッカーなんてやるつもりなくオーストラリアにきたのですが、お父さんがコーチであり、ホストシスターもやっているので、練習を見に行っているうちに自分もやりたくなり、チームに入れてもらいました。毎週火曜日は練習があります。とても下手なのに、すごく楽しくて、ずっとやっていたいなと感じるのは何でかなと考えたら、チームメートやその両親が最高なのです。試合の時などは、少しボールを持っただけで声援がすごいので頑張らなきゃという気持ちになります。試合が終わった時、それぞれ毎回いい試合だったねとか、あの時のあのプレーがよかったねとハイタッチやハグをしてくれます。練習の終わりにも、スローインの練習やアシストの出しかたなど教えてくれたりします。ほんとにチームに入ってよかったなとおもいます。自分が少しでもうまくなってチームに貢献できるようになることを今の目標にしていますが、帰国する時にはここに書いているような自分の気持ちをしっかりとチームのみんなに伝えて、ありがとうと言いたいとおもいます。
オーストラリアでしかできないことたくさんできて本当に楽しいです。
１９日のYEAR５との交流や土曜日の日本学校、そういう交流がたくさんあって本当にたのしいです。
夢への小さな一歩をたくさん踏み出せるので、ICETにきてほんとによかったです。
夢を叶えたいです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;">星　侑花</p>
<p style="text-align: right;">
<p>土曜日は９時１５分から１２時３０分くらいまでウエイクハーストスクールで日本語を教える先生のアシスタントとしてボランティアをしています。私は一番年少のクッカバラクラスを担当しています。人数は今のところ７人いますが、今度見学に来る子もいると聞きました。</p>
<p>日本語を話せる度合いや読む力、物事を進める速さはそれぞれちがいますが、同じように接するようにと指導している先生からいわれています。やる内容は、日本の絵本を読んだり、ひらがなの練習をしたり、このあいだはこいのぼりを作ったりしました。中には、英語で話しはじめてしまう子などもいますが、そんなときはちゃんと「日本語で話してね」と教えてあげることが大切なんだなとおもいました。</p>
<p>面白いなとおもったのが、子供たちのリセスに持ってくるお菓子や、文房具、服のメーカー、リュックなどから日本だなと感じる部分が多いことです。子供たちは日本も自分の住んでいるオーストラリアも大好きと元気いっぱい教えてくれます。</p>
<p>私は子供が大好きで将来海外で教育関係の仕事につきたいとおもっているので、ほんとに楽しくやらせてもらっています。さらにこのボランティアを始めて、さらに将来の夢をかなえたいという気持ちも大きくなりました。</p>
<p>ホストシスターと冬にそなえてムートンブーツを買いにいきました。まえは会話が途切れ途切れだったけど、今はずーと話していられるので、少しは成長したなとおもいました。もっと話せるようになりたいです。</p>
<p>日曜日は毎週サッカーの試合があります。サッカーなんてやるつもりなくオーストラリアにきたのですが、お父さんがコーチであり、ホストシスターもやっているので、練習を見に行っているうちに自分もやりたくなり、チームに入れてもらいました。毎週火曜日は練習があります。とても下手なのに、すごく楽しくて、ずっとやっていたいなと感じるのは何でかなと考えたら、チームメートやその両親が最高なのです。試合の時などは、少しボールを持っただけで声援がすごいので頑張らなきゃという気持ちになります。試合が終わった時、それぞれ毎回いい試合だったねとか、あの時のあのプレーがよかったねとハイタッチやハグをしてくれます。練習の終わりにも、スローインの練習やアシストの出しかたなど教えてくれたりします。ほんとにチームに入ってよかったなとおもいます。自分が少しでもうまくなってチームに貢献できるようになることを今の目標にしていますが、帰国する時にはここに書いているような自分の気持ちをしっかりとチームのみんなに伝えて、ありがとうと言いたいとおもいます。</p>
<p>オーストラリアでしかできないことたくさんできて本当に楽しいです。</p>
<p>１９日のYEAR５との交流や土曜日の日本学校、そういう交流がたくさんあって本当にたのしいです。</p>
<p>夢への小さな一歩をたくさん踏み出せるので、ICETにきてほんとによかったです。</p>
<p>夢を叶えたいです。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>日本語教室ボランティア</title>
		<link>http://www.icet.edu.au/newsletter/dhs-yr12/415.html</link>
		<comments>http://www.icet.edu.au/newsletter/dhs-yr12/415.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 02 May 2011 21:34:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学3年目・Yr12]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.icet.edu.au/newsletter/?p=415</guid>
		<description><![CDATA[先学期の終盤からICETの生徒は、毎週土曜日の午前中にWakehurst Public Schoolで開かれている日本語教室での授業のお手伝いをするボランティアを当番制で行っています。
この日本語教室は、両親または片方の親が日本人で、シドニーのNorthern Beaches地域に住んでいる６年生までの子供たちが対象です。年齢と日本語の能力を基準に分けられたクラスが複数あり、私たちは一人か二人のペアに分かれて、それぞれの教室で日本語の先生のアシスタントになります。
先週の土曜日、４月３０日は私の番だったため、このボランティアに参加してきました。私はもう一人の１０年生の後輩と一緒にワラビー組（４年生）を担当しました（他のクラスもカンガルーやポッサムなどのオーストラリアに生息する動物にちなんだ名前が付けられています）。
この日は日本語教室の生徒にとって今学期の最初の登校日だったため、まずは９時３０分頃から屋外で始業式が行われました。全校生徒約２０～３０人がクラスごとに整列し、日本の童謡や校歌を歌ったり、ラジオ体操を踊ったりして、日本の小学生時代に戻ったような懐かしい気分を味わうことができました。ラジオ体操には私たちボランティアと生徒の保護者も参加しました。日本人の誰もが知っているあの音楽を聞いて日本での生活を思い出しながら全員が笑顔で体をほぐしている光景が印象的でした。第一体操が終わると、保護者の中から「あれっ、第二は？」と言う声が出ました。どうやら子供たちよりも親の方が夢中になって体操を楽しんでいたようでした。
始業式の後は普通授業です。ワラビー組の一時間目には、生徒一人一人が教室の前に立ってホリデーの間に何をしたのか、日本語でスピーチをしました。日本語能力のレベルは様々でしたが、どの生徒も３～５分間クラスの前で話をすることができました。オーストラリアで育っているだけあって、生徒同士の会話はほとんどすべて英語、独り言もほとんど英語、という興味深い状況でしたが、大半の生徒がきちんと日本語も話すことができていることには感心せざるを得ませんでした。中にはあまり日本語が上手ではない生徒も数人いましたし、いわゆる「外国人訛り」の日本語をしゃべる生徒もいました。クラスの９割ほどが日本人とオーストラリア人のハーフの子供で、典型的な日本人とは程遠い容姿でしたが、日本語を話しているのを聞くと、日本人の血も入っているのだということがはっきり分かる気がしました。私は彼らのようにバイリンガルの環境で生まれ育っていないので、本人や両親がどのような気持ちでこの日本語教室に通っている/通わせているのかは推測することしかできませんが、日本人の親からすれば、自分の子供には日本語をきちんと話せるようになって、日本人としてのアイデンティティーを持って育ってほしいと願う場合が多いのだろうと思います。私が通っているDavidson High Schoolにも、こちらで生まれた日本系オーストラリア人の生徒が数人いますが、彼らにとって日本語よりも英語の方が話しやすいようで、両親が日本生まれで、完全な日本語の家庭環境で育っていても、生まれ育った国がオーストラリアであるだけで、日本語が彼らにとっての第二言語のようになっている現実は、非常に興味深い現象であると思いました。家族よりも友人や学校、メディアから受ける影響の方が大きいということなのでしょうか。
二時間目にはクラスのメンバーが日本語の能力別に入れ替わり、読み書きの授業をしました。学期の最初ということで、この時間は、カタカナ、漢字の読み、漢字の書きのテストをしました。三ページほどのテストが全員に配られ、生徒は一時間かけてこのテストに取り組みました。日本で生まれ育った高校生の私たちからすれば、１分あれば終わらせてしまうことができるような問題でしたが、どの生徒も苦戦しているようでした。普段から親と日本語で会話するため日本語を話すことは自然にできても、やはり読み書きをする機会は時間を費やして勉強しない限りはありませんから、話すことより難しいようです。
非常に興味深かったのは、ほとんどの生徒が、「サッカー」などの単語にあるような伸ばし棒（ー）の使い方が良くつかめていなかったこと、そしてどの生徒も日本語に特有なものの数え方に苦戦していたことでした。例えば、ひらがなの「さっかあ」をカタカナに直せという問題では、多くの生徒が「サッカア」とそのままカタカナに変換するだけでした。漢字の「八日」の読み方を答えろという問題は、先生がヒントを与えるまで誰も答えることができませんでした。この問題の答えはもちろん「ようか」ですが、ついたち、ふつか、みっか・・・といった日本語に特有な数え方はオーストラリアで生活している生徒たちにとっては、自然に口から出てくるものではなく、努力して暗記しなければならないものであるようです。
また、その他の漢字にも大いに苦戦しているようでした。小学一年生程度の漢字ではありましたが、オーストラリアにいると漢字に触れる機会はほとんどゼロに等しいため、漢字を覚えることは至難の業です。私ももうすぐオーストラリアに二年半いることになりますが、恐ろしい速度で漢字を忘れていっているように感じます。言語は常に使っていないとすぐに記憶から書き消されてしまうということを痛感しています。
留学の最大の目的は多くの留学生にとって「英語を学ぶこと」ではありますが、留学中にも英語と同時に母国語の勉強をすることは非常に重要なことです。この日本語教室に通う子供たちの親の多くが感じているように、日本語が正しく使えなければ完全な日本人とは言えないようです。日本を代表してきている留学生の私たちが日本語を正しく使えることは、英語の学習に努力を注ぐのと同様に当然のことであり、外国人から期待されていることでもあります。
二時間目の後にあるrecessと呼ばれる休憩時間中にちょっとした事件がありました。先生が目を離したすきに、ある生徒が教室のホワイトボードに油性ペンで落書きをしてしまいました。この日本語教室はWakehurst Public Schoolの教室を借りて行われているため、教室を正しく使えない場合には、小学校が教室の使用を禁止する恐れが十分にあります。先生方が教室にあるものに絶対に触れないように毎週厳しく指導されているそうですが、どこの国にも指示を聞かない生徒はいるものです。この生徒はボードに直径５０ｃｍほどの大きな顔の落書きをしてしまいました。それに気づいた先生方がどうしようかとおどおどしている間に、ある他の生徒が「油性ペンで落書きをなぞって、インクが乾かないうちにクリーナーで拭けば消える」という情報を提供してくれました。藁にもすがるような気持ちで試してみたところ、落書きはだいぶ目立たなくなりました。しかし、まだホワイトボードに型がぼんやり残っていました。そこに保護者の一人から借りてきたという、マニキュアを落とす液が登場し、ティッシュに少量たらしてボードを拭いてみたところ、十分ほどかけてペンで落書きをなぞって消そうと頑張った努力は何だったのか、というくらい簡単に落書きは跡かたもなく消えてしまいました。教室に唯一残ったのはマニキュアの液の独特な臭いだけでした。
三時間目は日本のこと全般について習う授業でした。まず、授業はクイズ形式で始められました。「日本の首都はどこでしょう」、「日本一大きい湖の名前は何でしょう」といった常識問題でした。その後は日本地図のプリントが各生徒に配られ、色塗りをしながら日本の地方（関東地方、東北地方・・・など）を学習しました。そのついでに方角（東西南北）の勉強もしました。
この日の授業はこの３時間だけでした。先生方が事前に授業をしっかり準備されていたため、私たちが教室の前に立って何かを教えるような機会は今回はありませんでしたが、教材のコピーなどの雑用をしたり、落書きを消したり、私語をやめない生徒を注意したりと、先生方の授業が効率よく進むようにお手伝いしました。「先生」というよりは「アシスタント」としてのボランティアの数時間でした。私は個人的に教えることが好きなので、次回は直接日本語を教えるのをお手伝いできる機会があれば、と願っています。しかし、とても興味深く貴重な体験を得られたのは確かです。
家に帰ってホストに「今日何を教えたの？」と聞かれて、「教えたというよりは、落書きを消した」と答えました。
記事：逸見弘明
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先学期の終盤からICETの生徒は、毎週土曜日の午前中にWakehurst Public Schoolで開かれている日本語教室での授業のお手伝いをするボランティアを当番制で行っています。</p>
<p>この日本語教室は、両親または片方の親が日本人で、シドニーのNorthern Beaches地域に住んでいる６年生までの子供たちが対象です。年齢と日本語の能力を基準に分けられたクラスが複数あり、私たちは一人か二人のペアに分かれて、それぞれの教室で日本語の先生のアシスタントになります。</p>
<p>先週の土曜日、４月３０日は私の番だったため、このボランティアに参加してきました。私はもう一人の１０年生の後輩と一緒にワラビー組（４年生）を担当しました（他のクラスもカンガルーやポッサムなどのオーストラリアに生息する動物にちなんだ名前が付けられています）。</p>
<p>この日は日本語教室の生徒にとって今学期の最初の登校日だったため、まずは９時３０分頃から屋外で始業式が行われました。全校生徒約２０～３０人がクラスごとに整列し、日本の童謡や校歌を歌ったり、ラジオ体操を踊ったりして、日本の小学生時代に戻ったような懐かしい気分を味わうことができました。ラジオ体操には私たちボランティアと生徒の保護者も参加しました。日本人の誰もが知っているあの音楽を聞いて日本での生活を思い出しながら全員が笑顔で体をほぐしている光景が印象的でした。第一体操が終わると、保護者の中から「あれっ、第二は？」と言う声が出ました。どうやら子供たちよりも親の方が夢中になって体操を楽しんでいたようでした。</p>
<p>始業式の後は普通授業です。ワラビー組の一時間目には、生徒一人一人が教室の前に立ってホリデーの間に何をしたのか、日本語でスピーチをしました。日本語能力のレベルは様々でしたが、どの生徒も３～５分間クラスの前で話をすることができました。オーストラリアで育っているだけあって、生徒同士の会話はほとんどすべて英語、独り言もほとんど英語、という興味深い状況でしたが、大半の生徒がきちんと日本語も話すことができていることには感心せざるを得ませんでした。中にはあまり日本語が上手ではない生徒も数人いましたし、いわゆる「外国人訛り」の日本語をしゃべる生徒もいました。クラスの９割ほどが日本人とオーストラリア人のハーフの子供で、典型的な日本人とは程遠い容姿でしたが、日本語を話しているのを聞くと、日本人の血も入っているのだということがはっきり分かる気がしました。私は彼らのようにバイリンガルの環境で生まれ育っていないので、本人や両親がどのような気持ちでこの日本語教室に通っている/通わせているのかは推測することしかできませんが、日本人の親からすれば、自分の子供には日本語をきちんと話せるようになって、日本人としてのアイデンティティーを持って育ってほしいと願う場合が多いのだろうと思います。私が通っているDavidson High Schoolにも、こちらで生まれた日本系オーストラリア人の生徒が数人いますが、彼らにとって日本語よりも英語の方が話しやすいようで、両親が日本生まれで、完全な日本語の家庭環境で育っていても、生まれ育った国がオーストラリアであるだけで、日本語が彼らにとっての第二言語のようになっている現実は、非常に興味深い現象であると思いました。家族よりも友人や学校、メディアから受ける影響の方が大きいということなのでしょうか。</p>
<p>二時間目にはクラスのメンバーが日本語の能力別に入れ替わり、読み書きの授業をしました。学期の最初ということで、この時間は、カタカナ、漢字の読み、漢字の書きのテストをしました。三ページほどのテストが全員に配られ、生徒は一時間かけてこのテストに取り組みました。日本で生まれ育った高校生の私たちからすれば、１分あれば終わらせてしまうことができるような問題でしたが、どの生徒も苦戦しているようでした。普段から親と日本語で会話するため日本語を話すことは自然にできても、やはり読み書きをする機会は時間を費やして勉強しない限りはありませんから、話すことより難しいようです。</p>
<p>非常に興味深かったのは、ほとんどの生徒が、「サッカー」などの単語にあるような伸ばし棒（ー）の使い方が良くつかめていなかったこと、そしてどの生徒も日本語に特有なものの数え方に苦戦していたことでした。例えば、ひらがなの「さっかあ」をカタカナに直せという問題では、多くの生徒が「サッカア」とそのままカタカナに変換するだけでした。漢字の「八日」の読み方を答えろという問題は、先生がヒントを与えるまで誰も答えることができませんでした。この問題の答えはもちろん「ようか」ですが、ついたち、ふつか、みっか・・・といった日本語に特有な数え方はオーストラリアで生活している生徒たちにとっては、自然に口から出てくるものではなく、努力して暗記しなければならないものであるようです。</p>
<p>また、その他の漢字にも大いに苦戦しているようでした。小学一年生程度の漢字ではありましたが、オーストラリアにいると漢字に触れる機会はほとんどゼロに等しいため、漢字を覚えることは至難の業です。私ももうすぐオーストラリアに二年半いることになりますが、恐ろしい速度で漢字を忘れていっているように感じます。言語は常に使っていないとすぐに記憶から書き消されてしまうということを痛感しています。</p>
<p>留学の最大の目的は多くの留学生にとって「英語を学ぶこと」ではありますが、留学中にも英語と同時に母国語の勉強をすることは非常に重要なことです。この日本語教室に通う子供たちの親の多くが感じているように、日本語が正しく使えなければ完全な日本人とは言えないようです。日本を代表してきている留学生の私たちが日本語を正しく使えることは、英語の学習に努力を注ぐのと同様に当然のことであり、外国人から期待されていることでもあります。</p>
<p>二時間目の後にあるrecessと呼ばれる休憩時間中にちょっとした事件がありました。先生が目を離したすきに、ある生徒が教室のホワイトボードに油性ペンで落書きをしてしまいました。この日本語教室はWakehurst Public Schoolの教室を借りて行われているため、教室を正しく使えない場合には、小学校が教室の使用を禁止する恐れが十分にあります。先生方が教室にあるものに絶対に触れないように毎週厳しく指導されているそうですが、どこの国にも指示を聞かない生徒はいるものです。この生徒はボードに直径５０ｃｍほどの大きな顔の落書きをしてしまいました。それに気づいた先生方がどうしようかとおどおどしている間に、ある他の生徒が「油性ペンで落書きをなぞって、インクが乾かないうちにクリーナーで拭けば消える」という情報を提供してくれました。藁にもすがるような気持ちで試してみたところ、落書きはだいぶ目立たなくなりました。しかし、まだホワイトボードに型がぼんやり残っていました。そこに保護者の一人から借りてきたという、マニキュアを落とす液が登場し、ティッシュに少量たらしてボードを拭いてみたところ、十分ほどかけてペンで落書きをなぞって消そうと頑張った努力は何だったのか、というくらい簡単に落書きは跡かたもなく消えてしまいました。教室に唯一残ったのはマニキュアの液の独特な臭いだけでした。</p>
<p>三時間目は日本のこと全般について習う授業でした。まず、授業はクイズ形式で始められました。「日本の首都はどこでしょう」、「日本一大きい湖の名前は何でしょう」といった常識問題でした。その後は日本地図のプリントが各生徒に配られ、色塗りをしながら日本の地方（関東地方、東北地方・・・など）を学習しました。そのついでに方角（東西南北）の勉強もしました。</p>
<p>この日の授業はこの３時間だけでした。先生方が事前に授業をしっかり準備されていたため、私たちが教室の前に立って何かを教えるような機会は今回はありませんでしたが、教材のコピーなどの雑用をしたり、落書きを消したり、私語をやめない生徒を注意したりと、先生方の授業が効率よく進むようにお手伝いしました。「先生」というよりは「アシスタント」としてのボランティアの数時間でした。私は個人的に教えることが好きなので、次回は直接日本語を教えるのをお手伝いできる機会があれば、と願っています。しかし、とても興味深く貴重な体験を得られたのは確かです。<br />
家に帰ってホストに「今日何を教えたの？」と聞かれて、「教えたというよりは、落書きを消した」と答えました。</p>
<p style="text-align: right;">記事：逸見弘明</p>
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		<title>Open Night at Davidson High School</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Mar 2011 13:39:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学3年目・Yr12]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.icet.edu.au/newsletter/?p=409</guid>
		<description><![CDATA[３月８日の火曜日にDavidson High SchoolでOpen Nightと呼ばれる、学校が一体となって取り組む大きなイベントがありました。このイベントは、来年High Schoolに入学するYear 6の生徒とその保護者を学校に招待して、学校の特徴や長所を紹介し、来年度のDavidson Highへの入学を促進する目的で開かれます。８日の夜には親子合わせて４００人以上が来校しました。
地域の中での学校の評判を好印象に保たなければならないため、学校から厚い信頼のおかれたPrefectとSRCのメンバーたちが、数百人もの親子を連れて学校の中を案内してまわる重役を任される伝統があります。完璧に制服を着こなし、PrefectはPrefect、SRCはSRCのバッジを胸に光らせ、全校の代表らしく責任を持ってイベントに臨みました。
このイベントでは、英語、数学、調理所、音楽室、美術室、ダンスルーム、コンピューター、図書館など、学校にあるすべての部屋を、保護者と子供たちを案内してまわり、それぞれの教科や部屋について、説明をしたり、保護者からの質問に答えたりしなければなりません。この学校に来てまだ３年目なので、ほとんどの部屋にいったことがなく、中にはどこにあるのか分からない部屋もいくつかありましたが、パートナーの手助けもあって、７時から９時まで２時間で、ほとんどの教室を見て回ることができました。それぞれの教室には教科担当の先生たちが待機していて、それぞれの教科について熱心に情報を提供します。ドラマのクラスでは、ドラマを教科として受講している生徒が即興で演技を披露し、観客の笑いと拍手を誘いました。

私は去年SRCに所属していたので、私にとってはOpen Nightでの学校案内は二回目の経験でしたが、１２年生になった今年は、また去年とは異なる体験になりました。去年１１年生の時に参加した際は、当時の１２年生のPrefectとペアになり、ほとんどパートナーに頼りきりで、しかも私のパートナーは素晴らしいガイドだったため、まったく苦労を感じませんでした。しかし、今年は私自身がPrefectとして、パートナーであったYear 8の生徒を引っ張っていかなければなりませんでした。パートナーは様々な場面で応用を利かせて私を援助してくれましたが、すべての場面において、決断を下すのも、自分の
グループに指示を出すのも私の役目でした。私もパートナーも静かで控えめな性格なので、グループを一つの部屋から次の部屋に移動させることは容易ではありませんでした。グループの保護者の中には、他の保護者に声をかけて、私たちの仕事を楽にしてくださった方もいました。旅行のツアーガイドの大変さ、そして人の注意を喚起しなければならないすべての職業の大変さが身にしみて理解できました。去年よりも遥かに苦労を伴ったOpen Nightでしたが、苦労に応じて学んだことも多かったように感じます。
実は、今回のOpen Nightは一部で準備が遅れていて、PrefectとSRCも前日の月曜日の昼休みのMeetingでペアの組み合わせを知らされ、当日に案内の際に読み上げる原稿を渡されたばかりだったため、非常に緊張していました。当日も、私は朝の７時３０分から夕方５時まで授業があり、合計で約１２時間も学校で過ごしたため、夜の９時にイベントが終了したときには疲労感で一杯でした。帰宅後はシャワーを浴びてベッドに直行しました。
記事：逸見弘明
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>３月８日の火曜日にDavidson High SchoolでOpen Nightと呼ばれる、学校が一体となって取り組む大きなイベントがありました。このイベントは、来年High Schoolに入学するYear 6の生徒とその保護者を学校に招待して、学校の特徴や長所を紹介し、来年度のDavidson Highへの入学を促進する目的で開かれます。８日の夜には親子合わせて４００人以上が来校しました。</p>
<p>地域の中での学校の評判を好印象に保たなければならないため、学校から厚い信頼のおかれたPrefectとSRCのメンバーたちが、数百人もの親子を連れて学校の中を案内してまわる重役を任される伝統があります。完璧に制服を着こなし、PrefectはPrefect、SRCはSRCのバッジを胸に光らせ、全校の代表らしく責任を持ってイベントに臨みました。</p>
<p>このイベントでは、英語、数学、調理所、音楽室、美術室、ダンスルーム、コンピューター、図書館など、学校にあるすべての部屋を、保護者と子供たちを案内してまわり、それぞれの教科や部屋について、説明をしたり、保護者からの質問に答えたりしなければなりません。この学校に来てまだ３年目なので、ほとんどの部屋にいったことがなく、中にはどこにあるのか分からない部屋もいくつかありましたが、パートナーの手助けもあって、７時から９時まで２時間で、ほとんどの教室を見て回ることができました。それぞれの教室には教科担当の先生たちが待機していて、それぞれの教科について熱心に情報を提供します。ドラマのクラスでは、ドラマを教科として受講している生徒が即興で演技を披露し、観客の笑いと拍手を誘いました。</p>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-412" title="P3080025_R" src="http://www.icet.edu.au/newsletter/wp-content/uploads/2011/03/P3080025_R.jpg" alt="" width="320" height="240" /></p>
<p>私は去年SRCに所属していたので、私にとってはOpen Nightでの学校案内は二回目の経験でしたが、１２年生になった今年は、また去年とは異なる体験になりました。去年１１年生の時に参加した際は、当時の１２年生のPrefectとペアになり、ほとんどパートナーに頼りきりで、しかも私のパートナーは素晴らしいガイドだったため、まったく苦労を感じませんでした。しかし、今年は私自身がPrefectとして、パートナーであったYear 8の生徒を引っ張っていかなければなりませんでした。パートナーは様々な場面で応用を利かせて私を援助してくれましたが、すべての場面において、決断を下すのも、自分の</p>
<p>グループに指示を出すのも私の役目でした。私もパートナーも静かで控えめな性格なので、グループを一つの部屋から次の部屋に移動させることは容易ではありませんでした。グループの保護者の中には、他の保護者に声をかけて、私たちの仕事を楽にしてくださった方もいました。旅行のツアーガイドの大変さ、そして人の注意を喚起しなければならないすべての職業の大変さが身にしみて理解できました。去年よりも遥かに苦労を伴ったOpen Nightでしたが、苦労に応じて学んだことも多かったように感じます。</p>
<p>実は、今回のOpen Nightは一部で準備が遅れていて、PrefectとSRCも前日の月曜日の昼休みのMeetingでペアの組み合わせを知らされ、当日に案内の際に読み上げる原稿を渡されたばかりだったため、非常に緊張していました。当日も、私は朝の７時３０分から夕方５時まで授業があり、合計で約１２時間も学校で過ごしたため、夜の９時にイベントが終了したときには疲労感で一杯でした。帰宅後はシャワーを浴びてベッドに直行しました。</p>
<p style="text-align: right;">記事：逸見弘明</p>
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		<item>
		<title>ICET同窓会に寄せて</title>
		<link>http://www.icet.edu.au/newsletter/message-from-alumni/401.html</link>
		<comments>http://www.icet.edu.au/newsletter/message-from-alumni/401.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 30 Jan 2011 13:42:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[卒業生・Alumni]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.icet.edu.au/newsletter/?p=401</guid>
		<description><![CDATA[１月８日に東京で行われたICET同窓会にゲストとしてご参加頂いた康子先生よりメッセージが届きました。康子先生には今までたくさんのICETの生徒がお世話になりました。そんな先生との久しぶりの再会はとても感動的なもとでした。康子先生、ありがとうございます。下記先生からのメッセージをご覧ください。
&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8211;

ICET ALUMNI REUNIONに参加しました！
２０１１年があけて８日目、東京品川でICET設立２０周年目の同窓会が行われました。卒業生がすべての段取りをしてくださり、いろんなアクティビティーを交えたICETの卒業生らしいものでした。同窓会の様子はインターネットで同時に世界中に発信されました。これも同窓生がしていてびっくり。
留学という形で高校時代を海外で過ごした人たちのアイディアとパワーが満ちあふれていました。そしてさまざまなところで見せるみんなの思いやりは遠く岩手から、また、沖縄から来た人たち、そして一人で参加した人の心を和ませ、参加者全員がICETのファミリーとして一つになっていく瞬間でもありました。大先輩と３年間留学から帰ったばかりの後輩との暖かい交流もみられました。
留学した年数も留学中の過ごし方もさまざまだし、帰国してからの生活もみんな違いますが、同じ空気を吸い、同じ場所で過ごした仲間としての絆があります。きっと留学という経験のなかで、似たような体験をしているからでしょう。今回は３０名の人たちが参加しましたが来年はもっとたくさんの人たちに集まってくれるでしょう。そして世界中で活躍している人たちとも連絡し合えるような、そんな絆を培っていけたらいいですね。
私個人としてはICETの教育に２０年前から関わらせていただいて光栄に思っています。私の宝物である英語科の卒業生、懐かしい人たちに会えたこと。高校生当時のことが走馬灯のように思い出され、成長した姿を見て誇りにおもいました。そしてEDWARD GAVIN先生に久しぶりにお会いできたことはとてもとても嬉しいものでした。お忙しい原田房枝先生と共に２０周年をお祝いできたことに心から嬉しく、感謝でいっぱいです。お世話してくださって皆様、本当にありがとうございました。
これからはみなさんのような若者が活躍できる時代です。ますます「夢」と「やる気」をもって「あなたらしく」生きてください。
It is not how much we do, but how much love we put in the doing.  It is not how mush we give, but how much love we put in the giving. (Mother Teresa )
赤松　康子
岡山学芸館高校　元英語科担任／科長
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１月８日に東京で行われたICET同窓会にゲストとしてご参加頂いた康子先生よりメッセージが届きました。康子先生には今までたくさんのICETの生徒がお世話になりました。そんな先生との久しぶりの再会はとても感動的なもとでした。康子先生、ありがとうございます。下記先生からのメッセージをご覧ください。</p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8211;</p>
<p><img class="size-full wp-image-403  alignright" title="pre-party01_R" src="http://www.icet.edu.au/newsletter/wp-content/uploads/2011/01/pre-party01_R.jpg" alt="" width="320" height="240" /></p>
<p>ICET ALUMNI REUNIONに参加しました！</p>
<p>２０１１年があけて８日目、東京品川でICET設立２０周年目の同窓会が行われました。卒業生がすべての段取りをしてくださり、いろんなアクティビティーを交えたICETの卒業生らしいものでした。同窓会の様子はインターネットで同時に世界中に発信されました。これも同窓生がしていてびっくり。<br />
留学という形で高校時代を海外で過ごした人たちのアイディアとパワーが満ちあふれていました。そしてさまざまなところで見せるみんなの思いやりは遠く岩手から、また、沖縄から来た人たち、そして一人で参加した人の心を和ませ、参加者全員がICETのファミリーとして一つになっていく瞬間でもありました。大先輩と３年間留学から帰ったばかりの後輩との暖かい交流もみられました。</p>
<p>留学した年数も留学中の過ごし方もさまざまだし、帰国してからの生活もみんな違いますが、同じ空気を吸い、同じ場所で過ごした仲間としての絆があります。きっと留学という経験のなかで、似たような体験をしているからでしょう。今回は３０名の人たちが参加しましたが来年はもっとたくさんの人たちに集まってくれるでしょう。そして世界中で活躍している人たちとも連絡し合えるような、そんな絆を培っていけたらいいですね。</p>
<p>私個人としてはICETの教育に２０年前から関わらせていただいて光栄に思っています。私の宝物である英語科の卒業生、懐かしい人たちに会えたこと。高校生当時のことが走馬灯のように思い出され、成長した姿を見て誇りにおもいました。そしてEDWARD GAVIN先生に久しぶりにお会いできたことはとてもとても嬉しいものでした。お忙しい原田房枝先生と共に２０周年をお祝いできたことに心から嬉しく、感謝でいっぱいです。お世話してくださって皆様、本当にありがとうございました。</p>
<p>これからはみなさんのような若者が活躍できる時代です。ますます「夢」と「やる気」をもって「あなたらしく」生きてください。</p>
<p>It is not how much we do, but how much love we put in the doing.  It is not how mush we give, but how much love we put in the giving. (Mother Teresa )</p>
<p>赤松　康子<br />
岡山学芸館高校　元英語科担任／科長</p>
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		<title>Armidale</title>
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		<pubDate>Thu, 13 Jan 2011 09:07:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学2年目・Yr11]]></category>

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		<description><![CDATA[12月29日の早朝から翌日の夕方にかけて、Australiaで正月を過ごす３人の生徒が、房枝先生とArmidaleを訪れました。車で片道約６時間、Armidaleは、割と人口の多い田舎町で、とても閑静な雰囲気を持っていました。今回の旅行の目的は、12年生のESLの授業で勉強するPeter Skrzyneckiという詩人のImmigrant Chronicleという詩集の「In the Folk Museum」という詩の中に登場するFolk Museumを訪問することでした。Mr.ManningのESLのクラスで、休暇中にPeter Skrzyneckiが訪れたとされるMuseumに行ってみてはどうか、という提案があったそうです。
29日の朝6時30分頃にBelroseを発ち、MuswellbrookやTamworthなどの町を通過して5～6時間ほどかけてArmidaleに到着しました。Armidaleにたどり着くまでの景色は素晴らしく、広大な土地、青い空に白い雲、深緑の植物、無限の地平線、のどかに草を頬張る家畜たち・・・。Queenslandでは洪水が起こっている中、文句の言いようがないほど完璧な天気に恵まれました。都会から離れて自然に囲まれるのは精神的に癒されるような感覚でした。ただ、常に道路の上にいて前後を車で囲まれていて、遠くに炭鉱や巨大な煙突が見えたり、全体像が把握できないほど長い貨物列車が通り過ぎたり、どこの町を通ってもMcDonald’sがあったりしたのを考えると、文明社会から完全に離れるのは不可能な世界に生きているのか、と思わざるを得ません。
Armidaleには昼頃に到着し、Caravan Parkに着いて、先生のCabinで昼食を食べました。その後は本題のMuseumへの訪問です。しかし、この訪問を提案したMr.Manning本人がMuseumに行ったことがなく、詩の解説にも「Armidaleにあると思われる」とあるだけで本当にArmidaleにあるかは不確かで、Museumの正確な名前も分からず、Armidaleには複数のMuseumがあるのでどれが本物なのかも分からず・・・。「In the Folk Museum」の詩の描写によれば、隣に教会がありそうだったため、教会の隣にあるMuseumを探せばいい、と思ったのですが、Armidaleには至る所に教会があり・・・。もう一つの手掛かりとして、隣にTown Hallがあるという情報があったので、Town Hallに向かうと、その隣に見事にFolk Museumがありました。道路の向かい側にはSt. Peter’s教会もありました（詩人の名前も偶然ながらPeter）。
Museumの中に入ると管理人が詩の中に出てくる女性のイメージと似ていて、更に確信を新たにしました。管理人もPeter Skrzyneckiのことはほとんど知らず、あまり有名な人ではなかったのか、と残念な気持ちもしました。Museumは特別な特徴はなく、昔の電話やコンピューター、生活用品、家具、馬車、農耕具、鉱石、写真などが展示してありました。私たち十代の若者にとっては昔のものの方が最新の電子機器などよりもかえって新鮮で目新しいものとして感じられるのはとても興味深いことだと思いました。「In the Folk Museum」の詩の中にはPeter Skrzyneckiが実際に見た展示品が羅列してあるのですが、このMuseumの中でそれらの内のほとんどを見つけることができました。いくつかの展示物は他の博物館に移動されたらしいので、今回見つけられなかったものはそちらにあるのでしょう。また、詩の中には管理人が最後にPeter SkrzyneckiにWould you please sign the Visitor’s Book?と尋ねる場面があるのですが、見事に管理人から同じ質問をしてもらうことができました。本当にPeter Skrzyneckiが訪れたMuseumだったのかは未だにはっきりはしませんが、私たちはそう確信してMuseumを去りました。
Folk Museumの訪問の次には、New England Regional Art Museum &#38; Museum of Printingを訪れました。ここには写真、抽象画、風景画、人物画など様々な作品が展示してありました。著作権の問題で写真は載せられませんが、私たち４人はそれぞれ気に入った作品を見つけることができました。個人的に最も面白いと思った作品は、額縁付きのただの鏡にART?と書いてある作品で、題名は「Self Portrait（自画像）」でした。作品の目の前に立つと、自分の姿が鏡に映しだされ、「自分が鏡に映った姿が芸術になるのだろうか？」、「芸術とは一体何なのだろうか」といろいろ考えさせられました。博物館にしても美術館にしても、私は普段あまり訪れる機会がないので、新鮮な感覚を味わうことができました。
その次にはDumaresq Damというダムを訪れました。ダムとしてはとても小規模で、あまり感動はありませんでしたが、ダムの水際には水遊びをする子供の姿や、キャンプをする家族の姿があり、意外と愛されている場所なのかな、少し異なる印象を受けました。その後はColesで夕食用の買い物をして、Caravan Parkに帰りました。夕食はそうめん、そば、てんぷらで、４人で協力して料理しました。少し作りすぎて生徒３人共が食べすぎ、それでもいくつか残り物がでました。
翌朝、朝食を食べた後にCaravan Parkを去り、まずは観光パンフレットに載っていた滝を見に行ったのですが、遠くからしか見えなかったので、次にGara Gorgeという渓谷に行き、約６ｋｍのコースを徒歩で一周しました。30日の朝は雲一つない快晴で、１時間ほど歩いてたくさん汗をかきました。普段はどうしても運動不足になりがちなので、とてもいい運動の機会になりました。他にも歩いている人はもちろん、川の中で泳いでいる家族もいました。New South Wales州で最初の水力発電所跡がある、ということだったのですが、どこかで見落としてしまって、結局見ることはできませんでした。発電所は見られませんでしたが、自然の中で大いにリフレッシュすることができました。
リフレッシュした後はまた6時間の長旅でした。この日は非常に暑く、車の中ではクーラーをつけてもまだ暑く、外に出ると肌が焼かれるように痛み、長時間屋外にいたらどうなってしまうのだろうか、と心配になりました。とても長い車での移動を伴った旅でしたが、いろいろな新鮮で興味深い体験をすることができましたし、全員がそれぞれ楽しむことができたようです。また行きたいか、と聞かれれば・・・お断りするかもしれません。しかし、行ったことには大きな価値や収穫があったのは間違いありません。
記事：逸見弘明
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			<content:encoded><![CDATA[<p>12月29日の早朝から翌日の夕方にかけて、Australiaで正月を過ごす３人の生徒が、房枝先生とArmidaleを訪れました。車で片道約６時間、Armidaleは、割と人口の多い田舎町で、とても閑静な雰囲気を持っていました。今回の旅行の目的は、12年生のESLの授業で勉強するPeter Skrzyneckiという詩人のImmigrant Chronicleという詩集の「In the Folk Museum」という詩の中に登場するFolk Museumを訪問することでした。Mr.ManningのESLのクラスで、休暇中にPeter Skrzyneckiが訪れたとされるMuseumに行ってみてはどうか、という提案があったそうです。</p>
<p>29日の朝6時30分頃にBelroseを発ち、MuswellbrookやTamworthなどの町を通過して5～6時間ほどかけてArmidaleに到着しました。Armidaleにたどり着くまでの景色は素晴らしく、広大な土地、青い空に白い雲、深緑の植物、無限の地平線、のどかに草を頬張る家畜たち・・・。Queenslandでは洪水が起こっている中、文句の言いようがないほど完璧な天気に恵まれました。都会から離れて自然に囲まれるのは精神的に癒されるような感覚でした。ただ、常に道路の上にいて前後を車で囲まれていて、遠くに炭鉱や巨大な煙突が見えたり、全体像が把握できないほど長い貨物列車が通り過ぎたり、どこの町を通ってもMcDonald’sがあったりしたのを考えると、文明社会から完全に離れるのは不可能な世界に生きているのか、と思わざるを得ません。</p>
<p>Armidaleには昼頃に到着し、Caravan Parkに着いて、先生のCabinで昼食を食べました。その後は本題のMuseumへの訪問です。しかし、この訪問を提案したMr.Manning本人がMuseumに行ったことがなく、詩の解説にも「Armidaleにあると思われる」とあるだけで本当にArmidaleにあるかは不確かで、Museumの正確な名前も分からず、Armidaleには複数のMuseumがあるのでどれが本物なのかも分からず・・・。「In the Folk Museum」の詩の描写によれば、隣に教会がありそうだったため、教会の隣にあるMuseumを探せばいい、と思ったのですが、Armidaleには至る所に教会があり・・・。もう一つの手掛かりとして、隣にTown Hallがあるという情報があったので、Town Hallに向かうと、その隣に見事にFolk Museumがありました。道路の向かい側にはSt. Peter’s教会もありました（詩人の名前も偶然ながらPeter）。</p>
<p>Museumの中に入ると管理人が詩の中に出てくる女性のイメージと似ていて、更に確信を新たにしました。管理人もPeter Skrzyneckiのことはほとんど知らず、あまり有名な人ではなかったのか、と残念な気持ちもしました。Museumは特別な特徴はなく、昔の電話やコンピューター、生活用品、家具、馬車、農耕具、鉱石、写真などが展示してありました。私たち十代の若者にとっては昔のものの方が最新の電子機器などよりもかえって新鮮で目新しいものとして感じられるのはとても興味深いことだと思いました。「In the Folk Museum」の詩の中にはPeter Skrzyneckiが実際に見た展示品が羅列してあるのですが、このMuseumの中でそれらの内のほとんどを見つけることができました。いくつかの展示物は他の博物館に移動されたらしいので、今回見つけられなかったものはそちらにあるのでしょう。また、詩の中には管理人が最後にPeter SkrzyneckiにWould you please sign the Visitor’s Book?と尋ねる場面があるのですが、見事に管理人から同じ質問をしてもらうことができました。本当にPeter Skrzyneckiが訪れたMuseumだったのかは未だにはっきりはしませんが、私たちはそう確信してMuseumを去りました。</p>
<p>Folk Museumの訪問の次には、New England Regional Art Museum &amp; Museum of Printingを訪れました。ここには写真、抽象画、風景画、人物画など様々な作品が展示してありました。著作権の問題で写真は載せられませんが、私たち４人はそれぞれ気に入った作品を見つけることができました。個人的に最も面白いと思った作品は、額縁付きのただの鏡にART?と書いてある作品で、題名は「Self Portrait（自画像）」でした。作品の目の前に立つと、自分の姿が鏡に映しだされ、「自分が鏡に映った姿が芸術になるのだろうか？」、「芸術とは一体何なのだろうか」といろいろ考えさせられました。博物館にしても美術館にしても、私は普段あまり訪れる機会がないので、新鮮な感覚を味わうことができました。</p>
<p>その次にはDumaresq Damというダムを訪れました。ダムとしてはとても小規模で、あまり感動はありませんでしたが、ダムの水際には水遊びをする子供の姿や、キャンプをする家族の姿があり、意外と愛されている場所なのかな、少し異なる印象を受けました。その後はColesで夕食用の買い物をして、Caravan Parkに帰りました。夕食はそうめん、そば、てんぷらで、４人で協力して料理しました。少し作りすぎて生徒３人共が食べすぎ、それでもいくつか残り物がでました。</p>
<p>翌朝、朝食を食べた後にCaravan Parkを去り、まずは観光パンフレットに載っていた滝を見に行ったのですが、遠くからしか見えなかったので、次にGara Gorgeという渓谷に行き、約６ｋｍのコースを徒歩で一周しました。30日の朝は雲一つない快晴で、１時間ほど歩いてたくさん汗をかきました。普段はどうしても運動不足になりがちなので、とてもいい運動の機会になりました。他にも歩いている人はもちろん、川の中で泳いでいる家族もいました。New South Wales州で最初の水力発電所跡がある、ということだったのですが、どこかで見落としてしまって、結局見ることはできませんでした。発電所は見られませんでしたが、自然の中で大いにリフレッシュすることができました。</p>
<p>リフレッシュした後はまた6時間の長旅でした。この日は非常に暑く、車の中ではクーラーをつけてもまだ暑く、外に出ると肌が焼かれるように痛み、長時間屋外にいたらどうなってしまうのだろうか、と心配になりました。とても長い車での移動を伴った旅でしたが、いろいろな新鮮で興味深い体験をすることができましたし、全員がそれぞれ楽しむことができたようです。また行きたいか、と聞かれれば・・・お断りするかもしれません。しかし、行ったことには大きな価値や収穫があったのは間違いありません。</p>
<p style="text-align: right;">記事：逸見弘明</p>
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		<title>Presentation Evening</title>
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		<pubDate>Sun, 12 Dec 2010 05:11:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[留学2年目・Yr11]]></category>

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		<description><![CDATA[１２月８日水曜日にDavidson High SchoolでPresentation Eveningが開かれました。このイベントでは、勉強、スポーツ、その他の学校活動において、この２０１０年の一年間で優秀な成績を収めた生徒が表彰されます（生徒の保護者の表彰もありました）。２００９年度の卒業生の中でHSCにおいて最高得点を記録した生徒の表彰や、学校で導入されているBlues Pointsの制度で最も多くのポイントを獲得した生徒の表彰、各クラスで成績が最も良い生徒、最も勤勉な生徒、一年間で最も学力が伸びた生徒の表彰、各スポーツやその他の活動の表彰・・・などなど、約二時間に亘る式でした。この夜はとても暑く、会場の全員が汗を流しながらすべての生徒に拍手を送っていました。
ICETからは以下の７人が表彰されました（１２年生の美甘莉甫と山田真子は残念ながら式には参加できませんでした）。
１２年生
・美甘莉甫：English ESL Most Outstanding Girl（ESLにおいて学年で最高成績・女子）
・高尾由紀：2010 Award For Significant Contribution to Performance Arts（パフォーマンス・アートへの貢献）
１１年生
・逸見弘明：Global Citizenship Award（国際市民賞）・Most Outstanding Boy in English ESL（ESLにおいて学年で最高成績・男子）、Most Outstanding Boy in Japanese for Background Speakers（日本語において学年で成功成績・男子）、Diligence in Society &#38; Culture（Society&#38;Cultureのクラスにおいて最も勤勉）。
・川井ひかる：Diligence in English ESL（ESLのクラスにおいて最も勤勉）
・岡崎早紀：Most Outstanding Girl in English ESL（ESLにおいて学年で最高成績・女子）、Diligence in Japanese for Background Speakers（日本語のクラスにおいて最も勤勉）
１０年生
・中家大貴：15 yrs-old Age Champion in Cross Country（１５歳の部門クロスカントリーチャンピオン・男子）、Sydney North Region [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１２月８日水曜日にDavidson High SchoolでPresentation Eveningが開かれました。このイベントでは、勉強、スポーツ、その他の学校活動において、この２０１０年の一年間で優秀な成績を収めた生徒が表彰されます（生徒の保護者の表彰もありました）。２００９年度の卒業生の中でHSCにおいて最高得点を記録した生徒の表彰や、学校で導入されているBlues Pointsの制度で最も多くのポイントを獲得した生徒の表彰、各クラスで成績が最も良い生徒、最も勤勉な生徒、一年間で最も学力が伸びた生徒の表彰、各スポーツやその他の活動の表彰・・・などなど、約二時間に亘る式でした。この夜はとても暑く、会場の全員が汗を流しながらすべての生徒に拍手を送っていました。<br />
ICETからは以下の７人が表彰されました（１２年生の美甘莉甫と山田真子は残念ながら式には参加できませんでした）。</p>
<p>１２年生<br />
・美甘莉甫：English ESL Most Outstanding Girl（ESLにおいて学年で最高成績・女子）<br />
・高尾由紀：2010 Award For Significant Contribution to Performance Arts（パフォーマンス・アートへの貢献）</p>
<p>１１年生<br />
・逸見弘明：Global Citizenship Award（国際市民賞）・Most Outstanding Boy in English ESL（ESLにおいて学年で最高成績・男子）、Most Outstanding Boy in Japanese for Background Speakers（日本語において学年で成功成績・男子）、Diligence in Society &amp; Culture（Society&amp;Cultureのクラスにおいて最も勤勉）。<br />
・川井ひかる：Diligence in English ESL（ESLのクラスにおいて最も勤勉）<br />
・岡崎早紀：Most Outstanding Girl in English ESL（ESLにおいて学年で最高成績・女子）、Diligence in Japanese for Background Speakers（日本語のクラスにおいて最も勤勉）</p>
<p>１０年生<br />
・中家大貴：15 yrs-old Age Champion in Cross Country（１５歳の部門クロスカントリーチャンピオン・男子）、Sydney North Region Representative（シドニー北地区代表）<br />
・山田真子：Best and Fairest Award in Open Girls Basketball Grade Sport（女子バスケットボールにおいて最高生徒）</p>
<p>表彰の合間には生徒個人やバンドやコーラス部の合唱や演奏が披露され、ICETからは岡本晏奈と内山恵理子がConcert Band 1で演奏しました。２０１０年度のSchool CaptainであるAndrew Beveridgeによる歌やJevan Arulampalamによるサックスの演奏、Vocal Ensembleによる合唱もありました。</p>
<p>日本の学校で全校の前で表彰される機会といえば、学校外で何かの賞を受賞したときのみで、オーストラリアのようにすべての授業への表彰などは考えられませんが、もし日本にもこのような表彰式あったら面白かっただろうな、と思います。日本では学校の外で活躍して学校の評判を高めてこそ表彰に値するという考えがあるのでしょうが、学校内でこつこつ努力を続ける生徒も称賛に値するのではないでしょうか。<br />
私は４つの賞を今回は受賞したのですが、来年には更に多くの賞を獲得できるように努力を続けていきたいと思っています。</p>
<p style="text-align: right;">記事：逸見弘明</p>
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