先学期の終盤からICETの生徒は、毎週土曜日の午前中にWakehurst Public Schoolで開かれている日本語教室での授業のお手伝いをするボランティアを当番制で行っています。
この日本語教室は、両親または片方の親が日本人で、シドニーのNorthern Beaches地域に住んでいる6年生までの子供たちが対象です。年齢と日本語の能力を基準に分けられたクラスが複数あり、私たちは一人か二人のペアに分かれて、それぞれの教室で日本語の先生のアシスタントになります。
先週の土曜日、4月30日は私の番だったため、このボランティアに参加してきました。私はもう一人の10年生の後輩と一緒にワラビー組(4年生)を担当しました(他のクラスもカンガルーやポッサムなどのオーストラリアに生息する動物にちなんだ名前が付けられています)。
この日は日本語教室の生徒にとって今学期の最初の登校日だったため、まずは9時30分頃から屋外で始業式が行われました。全校生徒約20~30人がクラスごとに整列し、日本の童謡や校歌を歌ったり、ラジオ体操を踊ったりして、日本の小学生時代に戻ったような懐かしい気分を味わうことができました。ラジオ体操には私たちボランティアと生徒の保護者も参加しました。日本人の誰もが知っているあの音楽を聞いて日本での生活を思い出しながら全員が笑顔で体をほぐしている光景が印象的でした。第一体操が終わると、保護者の中から「あれっ、第二は?」と言う声が出ました。どうやら子供たちよりも親の方が夢中になって体操を楽しんでいたようでした。
始業式の後は普通授業です。ワラビー組の一時間目には、生徒一人一人が教室の前に立ってホリデーの間に何をしたのか、日本語でスピーチをしました。日本語能力のレベルは様々でしたが、どの生徒も3~5分間クラスの前で話をすることができました。オーストラリアで育っているだけあって、生徒同士の会話はほとんどすべて英語、独り言もほとんど英語、という興味深い状況でしたが、大半の生徒がきちんと日本語も話すことができていることには感心せざるを得ませんでした。中にはあまり日本語が上手ではない生徒も数人いましたし、いわゆる「外国人訛り」の日本語をしゃべる生徒もいました。クラスの9割ほどが日本人とオーストラリア人のハーフの子供で、典型的な日本人とは程遠い容姿でしたが、日本語を話しているのを聞くと、日本人の血も入っているのだということがはっきり分かる気がしました。私は彼らのようにバイリンガルの環境で生まれ育っていないので、本人や両親がどのような気持ちでこの日本語教室に通っている/通わせているのかは推測することしかできませんが、日本人の親からすれば、自分の子供には日本語をきちんと話せるようになって、日本人としてのアイデンティティーを持って育ってほしいと願う場合が多いのだろうと思います。私が通っているDavidson High Schoolにも、こちらで生まれた日本系オーストラリア人の生徒が数人いますが、彼らにとって日本語よりも英語の方が話しやすいようで、両親が日本生まれで、完全な日本語の家庭環境で育っていても、生まれ育った国がオーストラリアであるだけで、日本語が彼らにとっての第二言語のようになっている現実は、非常に興味深い現象であると思いました。家族よりも友人や学校、メディアから受ける影響の方が大きいということなのでしょうか。
二時間目にはクラスのメンバーが日本語の能力別に入れ替わり、読み書きの授業をしました。学期の最初ということで、この時間は、カタカナ、漢字の読み、漢字の書きのテストをしました。三ページほどのテストが全員に配られ、生徒は一時間かけてこのテストに取り組みました。日本で生まれ育った高校生の私たちからすれば、1分あれば終わらせてしまうことができるような問題でしたが、どの生徒も苦戦しているようでした。普段から親と日本語で会話するため日本語を話すことは自然にできても、やはり読み書きをする機会は時間を費やして勉強しない限りはありませんから、話すことより難しいようです。
非常に興味深かったのは、ほとんどの生徒が、「サッカー」などの単語にあるような伸ばし棒(ー)の使い方が良くつかめていなかったこと、そしてどの生徒も日本語に特有なものの数え方に苦戦していたことでした。例えば、ひらがなの「さっかあ」をカタカナに直せという問題では、多くの生徒が「サッカア」とそのままカタカナに変換するだけでした。漢字の「八日」の読み方を答えろという問題は、先生がヒントを与えるまで誰も答えることができませんでした。この問題の答えはもちろん「ようか」ですが、ついたち、ふつか、みっか・・・といった日本語に特有な数え方はオーストラリアで生活している生徒たちにとっては、自然に口から出てくるものではなく、努力して暗記しなければならないものであるようです。
また、その他の漢字にも大いに苦戦しているようでした。小学一年生程度の漢字ではありましたが、オーストラリアにいると漢字に触れる機会はほとんどゼロに等しいため、漢字を覚えることは至難の業です。私ももうすぐオーストラリアに二年半いることになりますが、恐ろしい速度で漢字を忘れていっているように感じます。言語は常に使っていないとすぐに記憶から書き消されてしまうということを痛感しています。
留学の最大の目的は多くの留学生にとって「英語を学ぶこと」ではありますが、留学中にも英語と同時に母国語の勉強をすることは非常に重要なことです。この日本語教室に通う子供たちの親の多くが感じているように、日本語が正しく使えなければ完全な日本人とは言えないようです。日本を代表してきている留学生の私たちが日本語を正しく使えることは、英語の学習に努力を注ぐのと同様に当然のことであり、外国人から期待されていることでもあります。
二時間目の後にあるrecessと呼ばれる休憩時間中にちょっとした事件がありました。先生が目を離したすきに、ある生徒が教室のホワイトボードに油性ペンで落書きをしてしまいました。この日本語教室はWakehurst Public Schoolの教室を借りて行われているため、教室を正しく使えない場合には、小学校が教室の使用を禁止する恐れが十分にあります。先生方が教室にあるものに絶対に触れないように毎週厳しく指導されているそうですが、どこの国にも指示を聞かない生徒はいるものです。この生徒はボードに直径50cmほどの大きな顔の落書きをしてしまいました。それに気づいた先生方がどうしようかとおどおどしている間に、ある他の生徒が「油性ペンで落書きをなぞって、インクが乾かないうちにクリーナーで拭けば消える」という情報を提供してくれました。藁にもすがるような気持ちで試してみたところ、落書きはだいぶ目立たなくなりました。しかし、まだホワイトボードに型がぼんやり残っていました。そこに保護者の一人から借りてきたという、マニキュアを落とす液が登場し、ティッシュに少量たらしてボードを拭いてみたところ、十分ほどかけてペンで落書きをなぞって消そうと頑張った努力は何だったのか、というくらい簡単に落書きは跡かたもなく消えてしまいました。教室に唯一残ったのはマニキュアの液の独特な臭いだけでした。
三時間目は日本のこと全般について習う授業でした。まず、授業はクイズ形式で始められました。「日本の首都はどこでしょう」、「日本一大きい湖の名前は何でしょう」といった常識問題でした。その後は日本地図のプリントが各生徒に配られ、色塗りをしながら日本の地方(関東地方、東北地方・・・など)を学習しました。そのついでに方角(東西南北)の勉強もしました。
この日の授業はこの3時間だけでした。先生方が事前に授業をしっかり準備されていたため、私たちが教室の前に立って何かを教えるような機会は今回はありませんでしたが、教材のコピーなどの雑用をしたり、落書きを消したり、私語をやめない生徒を注意したりと、先生方の授業が効率よく進むようにお手伝いしました。「先生」というよりは「アシスタント」としてのボランティアの数時間でした。私は個人的に教えることが好きなので、次回は直接日本語を教えるのをお手伝いできる機会があれば、と願っています。しかし、とても興味深く貴重な体験を得られたのは確かです。
家に帰ってホストに「今日何を教えたの?」と聞かれて、「教えたというよりは、落書きを消した」と答えました。
記事:逸見弘明
Leave a Reply