Archive for the ‘心に留めるメッセージ’ Category

 「創造の時」となった、Appleを去ってからのジョッブズ氏の5年間。

 NeXTとPixarの設立と続きました。Pixarは、アニメを世界で始めてコンピューターで制作することに成功した会社です。

 めざましい進出を果たしたNeXTが、なんとAppleに参入され、ジョッブズ氏は、再び古巣のAppleに戻ります。なんという奇妙なめぐり合わせでしょう。

 「もし、Appleを首になっていなかったら、このすべては起っていなかったと思う。ひどく苦い薬だった。でも、患者は必要としていたんだろう」とジョッブズ氏は、どこまでも自分と向かい合っています。

 「人生には、頭をレンガで殴られることがある。でも、信念を失ってはいけない。あのとき、ぼくがやっていけたのは、夢中になってやれるものがあったからだ。本当にやっていることが好きだったからだ。きみも、本当に好きになれるものを見つけてほしい。仕事でも、恋人でも。」

 「まだ見つけていないのなら、探し続けること。妥協してしまってはいけない。」

3つめの話し。死について。

 ジョッブズ氏は、17歳のときにめぐりあった言葉がありました。

 「毎日がこれが最後だと思って生き続けたら、それが正しいものになる日がいつか必ずやってくる」といった感じの内容だったそうです。それからずっと33年間、毎朝彼は鏡に向かい、「今日がその日なら、今からしようとしていることを自分はするだろうか」、という問いかけをしてということです。そして、「No」という答えが続くときは、何かを変える必要があるとわかる、と。 

 「自分が死ぬときがじきに来るという観念は、自分の人生の中で大きな選択をする最高の道具になった」

 「なぜなら、外からの期待、すべてのプライド、恥や失敗に対するすべての恐怖心、そういったものは、死を前にしたら、みなどうでもいいものであって、本当に大事なことだけが見えてくる」

 「自分が何かを失うかもしれないと考える罠に落ちることを避けるためには、自分は死ぬんだということを思い出すことが最も効果的。きみはすでに裸なんだ、自分の心に従わない理由は、何もない。」

 このスピーチが行われる1年ほど前、ジョッブズ氏は、膵臓に腫瘍があり治療不可能なものなので、数ヶ月の命しかないと宣告されました。ドクターのアドバイスは、「家に戻って、死に向けた用意をせよ」というものでした。 丸1日「死」と向かい合い、その日の夕刻、彼は、バイオプシーをしました。治療可能の稀な癌だということがわかり、ドクターは喜びで涙を流し、ジョッブズ氏は、手術で命を取り留めました。

 「誰も死を逃れることはできない」

 「死は、人生の唯一最大の発明。死は、人生を変える要因だから。新しいものに道を開くために古いものを取り外すもの」

 「きみたちは若い。でも、いずれ年をとり、古いものとして取り除かれる」

 「人生を無駄にするな。誰かの人生を生きるのではなく、教義に囚われることなく、自分の心と直感に従えよ」

 「本当になりたい自分が何なのか、わかっているはず。他のことは、すべて二次的なこと」

 「The Whole Earth Catalog」 という雑誌がジョッブズ氏の若い頃の愛読書でした。コンピューターが存在したい当時の若者たちの聖書というほどに大事なもので、今でいえばGoogleの存在にあたいするものだったということです。

 時代が移り変わり、「田舎の朝の道で、冒険心のある者なら、ヒッチハイクしている自分がいるような写真」が、その雑誌の最終号のバックページに掲載されていました。

 そこには、「Stay Hungry. Stay Foolish」という言葉が載っていて、この言葉は、ジョッブズ氏が、その後、ずっと自分に言い聞かせてきたものだということです。

 そして、スタンフォードを卒業する学生たちに向けて、

 「新しく始めるきみたちに望みたい

  Stay Hungry. Stay Foolish」

 とスピーチは結ばれています。

 6年後の2011年。ジョッブズ氏の鏡の前の問いかけが、本当に最後のものとなる日がやってきました。本当に何の悔いもなく、1点の曇りもない自分を鏡の中に見出されたことでしょう。地上に残る大勢の人々に大きな勇気と感動を残しながら・・・

 「自分の心と直感」に従って生きる。勇気の要ることです。

 でも、その勇気が持てた人のみが、本当に「自分を生きる」ことができるのでしょう。

 Mr. Jobs、勇気と感動をありがとう!

 Jobs氏のスピーチをお聞きになりたい方は、

http://www.youtube.com/watch?v=D1R-jKKp3NA

 スピーチの原稿の原文は、

http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

 

 Apple社の創設者、Stephen Jobs氏が今日亡くなりました。56歳の若さです。

 彼が、2005年にスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの録音を聞きました。

 とても、とても感動的なスピーチなので、かいつまんでお話します。タイトルは、「自分が夢中になれるものをみつけなさい」。

 ジョッブズ氏は、3つの話をあげています。

 1つめ。点と点をつなげる。点と点はつながる。

 まず養子として出された生い立ち。生母は、未婚の大学卒業生で、生まれる子を養子に出そうと決めます。条件は、息子を大学に送るということでした。それを約束してスティーブをもらい受けた養父と養母は、ごく普通の家庭だったので、働いて貯めた全財産をスティーブの学費に使おうとしていました。それを見て、彼は、自分が勉強していることにそれだけの価値があるのだろうかと考え、中退することを決めました。

 「なんとかなると信じてやめることにした。自分の直感を信じることにした。」

 「お金もなかったし、食べるにも困ったけれど、ぼくはとってもその生活を楽しんだ。」

 「好奇心と直感に従って出遭った多くのことは、その後に、本当に価値のつけようがないほどに貴重なものとなった。」

 「その時は、とっても恐怖だったけれど、あとで振り返ってみると、その決断は、人生の中で自分が下したもっとも良い決断のひとつになった。」

 彼はしばらく大学に留まり、取らなければならない単位をとる代わりに、興味のある講座に顔を出すようになりました。

 そのひとつが書道でした。文字の美しさは形だけでなく、間隔や文字飾りや組み合わせなど、科学では説明できない美がそこにあることに魅力を感じ、感動しました。これが、10年後にマックの最初のコンピューターのきれいな複数のフォントが生まれることに結びついたのです。

 10年前のたったひとつの一こまが。それも、通常に授業を履修していたら、決して、座ることがなかった教室でのことが。

 「当時は、それがこんな形で生まれ出てくるなんてわかろうはずもなく、あとになって振り返ってはじめてわかる。でも、あの時には、感じた直感、運命的なものを信じることが大事だった。」

 2つめは、夢中になるものとその喪失。

 「ぼくが幸運だったのは、若いうちに自分が本当に夢中になれることが見つかったこと」

 ジョッブズ氏は、両親の家のガレージで友だちと二人でAppleを開始しました。Appleは、10年の間に二人から4000人の従業員のいる会社に成長しました。マッキントッシュの製作にも成功しました。

 ところが、

 「ぼくは、首になった。あろうことか、自分が創った会社から。」

 経営の専門家を雇い、その人とジョッブズ氏との見解の違いが日に日に大きくなり、遂に、物別れ。そして、会社の幹部は、相手方の見解に同調したのです。

 30歳になったばかり。成功の真っ只中。自分が「先人から渡されたバトンを落としてしまったかのように感じ、謝ろうともした。」

 そのあまりにも人目にさらされた負けざまに、ジョッブズ氏は、シリコン・バレーを去ろうと思ったようです。あまりのできごとに何ヶ月もどうしていいのかわからなかったといいます。

 「でも、ぼくは、そこで気が付いた。ぼくは、相変わらず、大好きなんだ、自分のしてきたことが。それに夢中なんだ、と。だから、またやり直すことにした。」

 「そのときには見えなかった。でも、Appleを首になったことは、ぼくにとってこれ以上ない最高のできごとだったんだ。成功しているという重圧が、初心者だという軽さに代わり、すべてのことに対して以前ほどに確実ではなくなった。それによって、ぼくは、ぼくの人生で最も創造的な期間に入る自由を得ることになった。」

 続きは、また明日に。

ここ1週間は、言葉で表現することがとても難しいことがたくさんあった週になりました。悲しいとか重いとか沈んだとか、そういった言葉では到底表現することができない複雑な感情に襲われています。先週に引き続き、スワンヒルからのニュースです。20歳になったばかりの若い命が失われました。Nathan Cameron君です。キャメロンさんのお家には、ICETの生徒が何人も、何年間にわたってお世話になりました。MacKillop Collegeで同じ教室内でネイソンと勉強した生徒もたくさんいます。2週間前にフットボールの試合中に心臓麻痺を起こし、その原因はまだ特定できていないのですが、5月29日に生命維持のための装置が外されました。お兄さんのニコラスは、1年間岡山学芸館高等学校に留学したので、岡山周辺では彼のことを覚えてみえる方々も多いことでしょう。その後メルボルン大学で外科医を目指して勉強中です。弟のネイソンは、物造りが得意であり、高校卒業後、宝石のデザインと制作をめざす専門的な訓練を受ける道を選びました。去年の末には、地方のデザイン・コンクールで優勝したと喜びで輝いていました。お母さんのJudyさんは、まったく違う道を歩む二人の息子について、「母親の私は、二人がしたいということを応援するのが役目。大学に行く、行かないに関係なく、二人とも自分のしていることにハッピーだから、これでいいのよね。人生とはそういうものでいいのよね」と、息子たちに何を強いることなく、やりたいことやらせている自分の姿勢は間違っていないのだと確認したいようなニュアンスが混じっっていました。自分のしていることは正しいのよね、と念を押すような口調で言われていました。その言葉がとても印象的であり、息子たちの揺るがない後ろ盾、しっかりとした背骨になっている母親像を見た思いがありました。そのJudyさんの息子の一人が逝ってしまったなんて・・・ 

死は、皮肉なことに、人々をつなげると言います。スワンヒルの町の人々の想いは、ここ2週間この1点に集中し、町全体がショック状態にあることがいろいろな人々から伝えられてきます。ここ2年お留守にしているICETの存在をしっかりとつなげてくださっているのだということがひしひしと感じられます。ICETの存在が人々の心に深く残っていることをこのような形で知らされることに、死の持つ不思議な力を感じると共に、再びICETをスワンヒルの人々とつなげてくれたネイソンの魂に感謝の気持ちでいっぱいです。

~ Celerate: Sharing the Joy of Life with our Family and Friends ~

今週のカードの言葉です。「祝福する:家族や友達と命の喜びを分かち合いましょう」

キリスト教の教会のお葬式で、この言葉が使われる場面に何度か遭遇しました。亡くなったことを嘆くのではなく、その人の生きてきた人生、築いたたくさんの絆、多くの人々の心の中に残るたくさんの美しい場面、残した軌跡、そうしたすべてのことを祝福しましょう、ということです。たまたま、引き当てたカードがこれだったということに、深い意味を感じます。死は、「生」を考えさせるものです。地球上には、65億の人間がいます。短い一生の中で、一人の人間が出会う数は、ごくわずかです。そのわずかな人々と、いがみ合ったり、憎みあったりしないで過ごすことはできないものでしょうか。今隣にいる人が、永遠に存在するわけではありません。今、この瞬間をお互いに最高の方法で分かち合うことができたら、どんなに幸せでしょう。私たちに与えられた今日という日、お互いにcelebrate(祝福)できる日にしたいですね。

このカードが引かれた教室の中でも、この言葉は、とても意味のあるものでした。私たちの毎日はあまりにも忙しく、わけのわからない競争の中に巻き込まれ、大人も子供も、ともすれば結果を出すことだけに注意を奪われがちになります。結果が期待したものでなければ、努力をしたことも、達成したことも価値を置かれなくなり、積まれたものには視点が行きません。まだ足りない、もっと得なければ、と追うことのみに視点が行ってしまいます。そこにあるのは、喜びではなくプレッシャーです。そんなプレッシャーの下では、自分を自由に解放することもできなければ、学習を楽しむこともできなくなります。そんな中で、このcelebrateは、今日したこと、今日できたこと、今日達成したこと、もっと広く言えば、産まれた時から今日までに自分の中に積み上げてきたこと、自分の周りにいるたくさんの人々の存在、自分の存在、そうしたすべてを成してきた自分の努力を褒め、それができたことに感謝し、幸せに思う時間を作り、心で感じる時間を持つ、ということなのだろうと思います。

生徒たちからは、「寝る前に、今日の自分をcelebrateする」「人の成功を褒めてあげる」「歌の歌詞にあるように、あなたといられる毎日が幸せ、だと思う」「今日あったことをできるだけ周りの人々とシェアする」「自分が言うことも他の人が言うことも同じように楽しむ」といった実践案が出ました。高いところに届きたい、もっとたくさんのものを得たいという望みを持つことは大事です。でも、その前に、今ある自分、それを作ってきた過程を通った自分を暖かく評価し、それから、新たな目標、目的に向かったら、正当な自信を自分の中に積み上げていくことが可能となります。

Nathanのお葬式は金曜日と決まりました。ICETのことを考えてくださっているスワンヒルの人々に感謝するためにも、そして、JudyさんとAndrewさんを言葉で慰めることができなくても、抱きしめ、手のぬくもりを伝えることで少しでも心が通じるかもしれないと信じ、2年間スワンヒルでICETの先生としてホストファミリーのキャメロン家と親交を深めたMiss Gと一緒に、スワンヒルに行ってきます。

Nathanの冥福を心から祈ります。そして、キャメロン家に心の平穏が1日も早く訪れますよう。

「留学の日々をなつかしく思い、ICETのウエッブサイトを開けたら新しいものになっていて、嬉しくなって早速と近況のご報告を」というメールが飛び込んできました。この卒業生の近況は、快諾を得ましたので別途ウエッブ上で公開させていただきます。先日、10年生の生徒たちが訪問させていただいたModel Farms High Schoolの日本語の先生Hermanさんも、「ICETのサイト、大好きです。日本語の勉強ためにこれから読んでいきます」と連絡をくださいました。この新しいウエッブサイトが、読んでくださる皆様の心に何かわくわくするようなものを伝えられる場になりそうな予兆が早くも出てきました。嬉しいことです。制作者の新沼さん、宮島さんも、喜んでくださっていることでしょう。このサイトに来たら、心がやすまり、新しいときめきが得られ、明日への新鮮なエネルギーが沸いてくるような、そんな場を皆様とご一緒に作れることを願っています。

MacKillop College卒業生(2001年ー2005年)へのメッセージがあります。5年間MacKillopで教えてくださったMrs. Gibsonからです。ギブソン先生は高校生の頃からずっとフライト・アテンダントになりたいという夢を持っておられました。でも、英語の先生として活躍される機会のほうが先にあり、ESLの先生としてインドネシアやオーストラリアで長年教えてこられました。スワンヒルを去られるにあたりICETを退職され、どういう人生を歩むかを再び考えた時に再燃してきたのが、高校生の頃の夢だったということです。そこで、ギブソン先生は一念発起され、その夢を実現するための新たな道を選択する勇気を持たれました。Jet Starに入社し、ここ数年は、Qantasのフライト・アテンダントとして人生を楽しまれています。先週シドニーでの研修の合間を縫って逢いに来てくださいました。Mrs. Gibsonは、こう言われていました。「仕事の条件は極めて悪いけれど、でも、自分が本当にしたいと願っていたことを実現したことで、今の私は、自分の前に何がきても、苦しいたたかいではなく楽しい挑戦と観ることができるようになった。夢の実現後に待っていたのは、それに向けてのどんな苦労にもあたいするすばらしいものだった。自分を恐れる必要がなくなった。これから、どんなことが待っているのか、本当に楽しみ。だから、留学した生徒たちにも、夢に向かって自己実現を図るよう伝えて欲しい」と。先生の今後の勤務地は、生地ロンドンで、そこからシンガポールやマレーシアに向けてほぼ毎週飛ぶことになるのだそうです。夢を実現したことで、イギリスに戻ることが嬉しく感じられると、先生のお顔は輝いていました。皆さんへのメッセージを残して、未来へのさらなる夢を乗せた先生の飛行機はシドニーを発っていきました。

~ Unity ~   “Living as One with our Global Family”

今週生徒たちが引いてきた言葉は、Unityです。とても難しい概念であり、そして、実践も簡単ではありません。Unityの意味するところは、ひとつのまとまり、つながり、絆、チームワークというような感じでしょうか。ゴツゴツとした違和感がなく、互いの存在を尊重できる融合体とでもいったらいいでしょうか。先週の「Respectの上に成り立つもの」だと、生徒の一人が言いました。Unityは、親子、家族、友達、クラスといった小さな単位から始まります。それが大きな輪として広がれば、ここでの65億人のGlogal Familyとつながっていきます。その実現を可能とするためにわれわれが日々実践できることとして、生徒たちからたくさんの意見が出されました。「誰かがしなければならならことなら自分が進んでして、他の人に余裕を与える」「応援する」「どんな人からも学ぶことがありそれに素直に耳を傾ければ自分も大きくなる」「自分の意見は人のためにもきちんと伝える」「人のいいところを見つけ尊重する」「人とのかかわりを積極的に持つ」「みんなで協力する」「参加し自分も貢献する」、そうしたことが、unityにつながっていく、と。自分と人とのunityは、自分の隣にいる人から始まるものなのだろうと私は思います。

Unityは、人との間だけのことではありません。自分の心や考えの中にも必要とされます。心の葛藤があると、私たちは落ち着きを失い、心はザワザワ、イライラ、そして、ギスギスしたものになります。現実と自分の理想や願いが食い違がえば食い違うほど、ストレスに支配されることになります。心の中にunityがあれば、心は穏やかであり、活力に満ちた良いエネルギーを生み出すことができます。ギブソン先生も夢を果たすことで、心の中にいろいろな意味で、このunityを得られたのでしょう。

留学生活を送る生徒たちは、たくさんの問題に直面します。一番大きなもののひとつは、この留学が未来にどう活きるのか、この体験を未来にどう活かせばいいのか、未来に何が待っているのだろう、(大変な投資をしてくださっているご両親に)どう恩返しすればいいのだろう、という疑問に答えを出すことです。普段一生懸命がんばっている中で、ふとした折にこうした疑問が持ち上がってくると、生徒の心のunityは一挙に脆いものとなります。明確な答えが無いからです。未来は、あくまでも現在から思い描く想像の世界であり、そこには現実がありません。現実をどう未来像に投影するかで、未来に対する思いは不安になったり、自信が持てるものになったりします。では、それにどう対応すればいいのかということになるのですが、一番の良い方法は、いろいろな人と話をしてみることです。卒業生であり、日本のご家族であり、たくさんの先輩たちであり、先生たちであり、友達であり、そうしたコミュニケーションの中に、その時々に求めるなんらかの答えのヒントが見つかるのではないでしょうか。ここにも、人とのunityを作るきっかけと結びつきがあり、そして、そのunityが自分の心の中のunityを作り出すように思えます。そして、もうひとつできることは、今のこの瞬間を最善のものとすることが良い未来への道になるという意識を持ち、それに行動を伴わせることが心と行動のunityをもたらすものになるのだろうし、現在と未来の夢への架け橋にもなるのでしょう。

こんにちは。
ICETの新しいウェッブサイトが開設されました。制作のすべてが、ICETの卒業生である新沼孝徳さんと宮島香苗さんの技術とアイディアと努力によるものです。お仕事に追われる忙しい生活の中で、この制作に時間を作ってくださってリリースに至った貴重なものです。卒業生ならではのアイディアや想いがそこここに感じられます。今回のウエッブサイトは、たくさんの人々が参加し、そこで交流が可能となる流動性を持たせることが主体となっています。生徒たちの投稿も可能であり、行事や学習やホストファミリーでの生活の様子が掲載されます。過去に何度もそれを試みたのですが、なかなか上手に回らず、今回は、投稿しやすい物理的環境が作られていますので、うまく行くものと期待しております。私のブログもその一環です。生徒たちの時々の様子、学習していること、私の想いなどをお伝えすることを目的とし、読者の皆様からのお便りもお寄せいただければ、交流が活発になります。参加者全員が作り上げていくものにしましょう。
それが可能となる土台を築いてくださった新沼さん、宮島さんに心からの感謝を捧げます。

”Respect”
~ Honouring yourself, other living beings and the environment ~
“尊重”
~   自分に、周りのすべての生命のあるものに、そして環境に敬意を表する ~

これは、私のCAPDの今日の授業の中で、生徒が引いたカードの中の言葉です。
この言葉が意味するところは、生徒一人ひとり違いますが、目的は、メッセージを受け止め、今日の生活、そして、これからの生活の中で具体的に自分が何をするかを考え、実行に移していくことです。言葉を発するのは簡単ですが、それを実践していくことが如何に難しいかは、今の社会の現状が如実に語るところです。

自分の意見や感情を素直に述べ、回りとのコミュニケーションを図り、人と人との間に橋をかけていくという生徒。授業の中で自分の学習と他の生徒の学習を促進するための姿勢の中にこれを取り入れるという生徒。学校環境をきれいにするために率先して模範を示すという生徒。それぞれに今できることから実践していくことに楽しさを見出しているようでした。

私はどう思うかと生徒に尋ねられました。人間の一生の間に出会う人々の数は、限られています。何かのご縁があって出会ったのでしょう。だから、私にとって「尊重」ということは、今の自分、背伸びをした自分でもなく、中途半端な自分でもなく、自然体の中での今の最善の自分で周りの人々に接し、自分がすることにおいても最善を注入することだと思っています。それが、自分に対する尊重ともなります。万物に生命が宿っていると私は信じていますので、自然の美しさを愛でることにより、決して穢れることのない崇高なものとの繋がりを大事にすることが、環境を大切にする意識にもつながります。

今日1日が、良い日でありますよう。