Archive for 2月, 2012

キャンプ場は、学校から70キロほど離れています。

今日から大雨という予報にビクビクしながらの出発。

オーストラリアののんびりとしたやり方に慣れている私でも、これでいいのかと思うほどのゆったりとしたスピードでのスタート。

先生たちが全員打ち合わせのミーティングを開いている間に、生徒たちは、モーニング・ティ。

その後、インストラクターのDaveさんに連れられて、広いキャンプ場の見学に。

Daveさんは、タイの市場でつながれている巨大なゾウの話をされました。ゾウが小さな円を描いてまわっている、それは、小さな時からその範囲でしか動いていないので、巨大な力を持った今も、杭を抜いて歩きだすことはもちろん、もっと大きな円を描くことも考えない。それだけの小さな世界で終わってしまっている。でも、今日のみんなは、自分の居心地のよいところを抜け出て、もっと大きな円を描かれるよう、自分に柵を作ってしまわないよう、すべての活動に挑戦してみよう、と勇気を出してやってみることを奨励されました。

冷や汗が出るほどに怖かったというアブセイリング。 上に姿が現れ、垂直の壁に体を下した瞬間、下から見上げているオーストラリアの生徒たちからの歓声がありました。

木々の間を渡って歩くようなものもありました。 高いところにいる人影が見えますでしょうか。

軽々と楽しんでいる生徒もいれば、脚が震えると怖い生徒もいます。

もちろん、ハーネスを付けているので、落ちる心配はありません。

いかだを組んで池に浮かべるのもありました。

 

 

 

 

 

明日は、合宿に出発します。

留学の最初から、とても楽しみにしていたYr7とのキャンプです。

7年生は、DHSに入学したてのかわいい12-13歳の子供たち。ハイスクールの生活は、小学校での生活とはとても違います。小学校にいる時から、時々ハイスクールに来て1日過ごし、少しずつ慣れていきます。それでも、大人と変わりない18歳くらいの大きな生徒たちと同じキャンパスで過ごすのは、最初はちょっと大変です。

そんな彼らには、mentor(メントー)という役割を持つ人が付きます。メントーは、指導者というか、ガイダンスを出す人です。10年生が7年生のメントーになります。メントーになっている10年生もこのキャンプに参加します。

ICET生は、外国人ですが、7年生のメントーとしてこの合宿に参加することを許されています。

つまり、ICET生は、DHSの7年生と10年生の両方と一緒に3日間活動に参加する機会に恵まれるのです。

7年生は、好奇心いっぱいの年頃。抵抗なく日本人の子供たちに話しかけてきます。そして、片言の日本語もすぐに覚えます。上級生たちのように、既に仲良しグループがあって、それで固まっているわけでもありません。ICET生は、16歳ですが、英語という点では、12歳の生徒が彼らの先生でもあります。だから、このコンビネーションは、抜群にいいものであり、楽しいものです。

しかも、DHSの10年生もいる。ICET生にとっては、幅広く友だちを作る絶好のチャンスとなります。この機会をどう活かすかは、それぞれの生徒にかかっています。

今日は、学校での2月の最後の日。

2月生まれの3名の誕生日を祝いました。

1月生まれのダイキ君、アユミさん、コウスケ君、アリサさんと一緒に、合作のケーキを作ろうという話しになっていたのですが、生徒たちも忙しい、私も忙しいで、まとまった時間を取ることができず、結局、手作りの楽しみは、この次に、ということになってしまいました。

セイヤ君、ハクヤ君、リョウタ君、お誕生日、おめでとう!! オーストラリアで16歳になる感慨は、また特別なものでしょう。

 

 

 

 

トップ争いは熾烈でした。

現在のオーストラリアの首相は、ジュリア・ギラードという女性です。普段から非常に明快で論理的な話し方をします。発音も明瞭で、わかりやすい説明の仕方をします。これということは、自説も政策も妥協することなく、ものすごい力で押していきます。

ギラード女史は、2010年の7月頃までは、副首相でした。その時の首相が、ケビン・ラッドという人です。

日本の民主党が選挙に勝ったように、ラッド氏は、自分が率いる労働党に2008年、歴史に残る大勝をもたらしました。それにも関わらず、人気にちょっとかげりが出たからと、副首相だったギラード氏に首相の座を乗っ取られたのです。大変な騒ぎの事件でした。

いつかトップを再び狙うという噂が絶えなかったものの、中国語が流暢なラッド氏は外務大臣として、世界を飛び回っていました。それが、先週突然に、ニューヨークで外務大臣を辞めると宣言し、首相の座に返り咲くためにギラード氏に挑戦すると言い出したのです。

すべてのことがストップしてしまったかのような、この数日でした。ニュースは、そのことのみ。

生徒たちも、ホストのお家でニュースをよく見ているのでしょう、この二人の名前が馴染みになってきているようです。

国民には、圧倒的にラッド氏の人気が高いのですが、労働党の議員たちには、さっぱりです。非常に仕事がやりにくい首相だということで。

結局、議員会は、ギラード氏に軍配をあげました。

民主主義というのものは、おもしろいものです。民意とはいえ、制度は、確実に議員たちの立場を優先する仕組みになっています。国民に選出されたラッド氏、そして、今も人気のあるラッド氏が首相にはなれない、というなにか不思議なシステムです。

でも、決着がついたことで、この一連の騒ぎも終わるのでしょうか・・・ 政治は、さっぱりわかりません。

 

 

ホストファミリーをお招きして、日本食を作りました。

最寄のスーパーマーケットやアジアの店で容易に手に入る材料を使って、各家庭で気軽に作れるものを選びました。

メニューは、

鶏もも肉のソテー (醤油、ハニー、ガーリック、生姜)

ソバ・サラダ (わさび、甘酢、オリーブ・オイル、醤油のドレッシング)

巻き寿司

いなり寿司

お好み焼き

揚げだし豆腐

肉じゃが

「日本のお米が食べたい」と盛んに言う子供たち。日本のご飯のようにいかなくても、まず、それに近いものが今日はできたので、お腹が満足したことでしょう。始めて巻き寿司を作った生徒もいました。ユウイチ君のママのアレックスさんは、何本も巻いてみて、完全にマスター。

コウスケ君(藤)のパパは、本職のシェフ。さすがに慣れたもの。日本食は作ったことがなくても、ちょっとした説明があれば、あとは、自由自在に手とフライパンが動きます。

チサトさんのパパのアリスターさんは、大のお料理好き。鶏の焼き具合、たれの絡め具合、お皿への盛り付けなど、熱心に生徒たちを指導していてくださいました。

タイガ君のママのアナマリーさんとダイキ君のママのリマさんは、初めから終わりまで、笑って楽しんでおられました。

チカコさんのママのジュリーさんとコウスケ君(松)のママのルイーズさんは、お好み焼きの担当。

肉じゃがの作り方を習いたいと所望されたエリナさんのママのマキシムさんとミユウさんのママのスザンヌさんは、大奮闘。出来上がりの味に大満足。

スザンヌさんは、さらに巻き寿司にも挑戦。もう、いつでも作れるでしょう。

みんな一生懸命に作り、たくさん食べ、そして、後片付けも残った人たちが1時間ほどかけてきれいにしました。

お疲れ様でした。特に、すべての材料のショッピングに走り回ってくださり、7時間立ちっ放しで動いてくださったスー先生、ありがとうございました。お陰様で皆様に喜んでいただくことができました。

大成功だったはずなのに、最後に大失態。食べ物があっという間に終わってしまって、最後に見えた数名の方々に何もあがっていただくものが残っていなかったことです。かえすがえすも残念であり、申し訳ないことをしてしまいました。

この次の会は、ホストファミリーの方々に、それぞれのお国自慢のお料理、あるいは、得意中の得意とするものを教えていただく会を開くことになりました。いつになるのかわかりませんが、どんなお料理が飛び出すのか、とても楽しみです。

 

 

 

 

一人の若い女性が旅立ちました。

日本で大学が終わり、就職が決まり、これから社会に出ようとしている今・・・・

留学時代、物静かで憂いを湛えた視線が印象的でした。

文字を書くと、彼女の深く流れる豊かな感情がほとばしり出て、幾重にも錯綜する想いが重厚なタペストリーのように織り込まれ、そこには、彼女のすばらしい才能がキラキラと光っていました。

ホストマムと一緒にブリタニカの辞典を読むことを楽しみ、ジャーナリストになることが希望でした。

世の中の矛盾や醜さを心全体で感じ取り、その重さと苦しさを支えきれなくなったのでしょうか。

理想と現実の狭間で、夢を見ることができなくなってしまったのでしょうか。

あまりに鋭く繊細な彼女の感性が、そして、その特別な才能ゆえに、居場所が無いと感じてしまったのでしょうか。

彼女が選択したのは、地上から去ることでした。彼女を深く愛する人々を置いて・・・

なぜ、という永遠の問いを残して・・・・

「死」という形で、どんなメッセージを社会に伝えたかったのでしょう? それは、残された人々の心の中でこれから徐々に見えてくることなのかもしれません。

人はみな、そこに向かって生きているのですが、実際に身近で「死」に直面した時、私たちの心は、大きく揺さぶられます。結びつきが深ければ深いほど、その衝撃は大きく、自分の存在そのものまでを危ういものとしてしまうことさえあります。

直面したものが意図的な選択であった場合には、残された人々は、精神的な呪縛を背負うことになることもあるでしょう。

大事な人を失った悲しみだけでも重過ぎるのに、なぜ救えなかったのかという罪悪感や絶望感、なぜもっと強くなれなかったのかという失望感、置いていかれてしまったことへの怒り、愛する人に失望や怒りを覚える自分へのさらなる罪悪感、自分が生きている意味の喪失感、様々な後悔、思い出のページがもたらす様々な感情の波、幸せを夢見る未来像、そうしたすべての感情が場所を変え、時間を変え、衝撃度を変えて襲ってきます。

それが避けられないものであるのなら、それをどう受け止め、どうかわし、どう対処するのか・・・

残った人が苦しみ続けないためには、そして、永遠の謎を追い続けることにならないためには、それが、彼女が彼女自身のために選択したことであることを、まずは、受け止めることではないでしょうか。

そして、その後に、彼女が死をもって残そうとしたメッセージが何であったのか、彼女の人生の意味と死の重みを個々の生き方の中で社会に向けて反映していくことが、彼女を自分の中に肯定的な、そして、建設的な形で生かすことに結びつくのではないかと思います。

卒業生の死は、あまりにも理不尽です。順序が違います。感情は、時計の振り子のように、右に左に大きく揺れ動き、彼女の話をするたびに止め処なく涙がこぼれます。

ご家族や親しいお友だちの嘆きは、いかばかりのものでしょう。私には、想像さえできないものです。

ならば、遠くにいる私は、悲しむだけでなく、一緒に過ごした時間を思い出し感謝することで、彼女の人生を祝福しようと思います。彼女は私の心の中ではずっと留学生のまま輝き続けることでしょう。

由佳子さんのご冥福を心からお祈りします。

そして、ご家族の皆様、親しいお友だちに、心穏やかでいられる日が1日も早く来ますよう!

 

学習能力を高める方法を学ぶ日。

今日、DHSの11年生を対象にして開かれました。毎年、これがあります。

・ 時間の管理

・ チームワーク

・ 大事なポイントをまとめる

・ モチベーション

・ リラクゼーション

のテーマで、それぞれにワークショップやアクティビティが実施されました。ランチ付きで。

これらのことは、ICET生は、みな、オリエンテーションや普段の時間に学んでいきます。1月にあった11年生の合宿でも、1年組みのオリエンテーションでも、こうした内容は、大きな比重を占めるものです。

なぜなら、これらのことが上手にできる生徒は、そして、そのチームは、目指す達成具合が高いものになるからです。

ポイントを掴んでまとめることは、現在、アカデミック・リーディングでも盛んに練習しています。どの科目においても、学習には、この技術の活用が不可欠です。CAPDの歴史の学習でも、要点をつかんでまとめるという技術が必要です。

エジソンでしたでしょうか、「1%のひらめきと99%の努力が天才をつくる」という意味のことを言ったのは・・・

ひらめきを得るためにこそ、努力が必要なのだという意味なのだとも聞いた覚えがあります。

ICETのプログラムに参加したこの1年は、学年に関わらず、本当に良い学習をして欲しいですね。

「ディスパッチ(通信)」という名前で、学校新聞が発行されます。

保護者と生徒に向け、学校行事の説明やこれからの予定、先生方からのメッセージ、生徒の様子などが伝えられます。

このページに掲載できないのが残念です。今構築にかかっている新しいサイトでは、こうしたものも皆様に見ていただけるようになるということですので楽しみにしているところです。

実物のご希望があれば、Eメールの添付でお送りすることができますので、その旨をお知らせください。

fusae@icet.edu.au です。

学校の新年度が始まり、全員の初々しい気分が伝わってくるような明るい内容のもので、ICETの生徒たちが到着したことの紹介もあります。

DHSでのICETの運営が今年で22年目になること。二つの学校が一つのキャンパスの中でこんなふうに交じり合ってお互いの文化の交流を豊かな形で体験できる学校は、オーストラリアのどこにも外に無いことなどが書いてあります。

ハルノさん、ユリナさん、セイヤ君の感想文も載っています。

日本の学校が8時半から6時まであるのが、ここでは3時に終わること。日本では先生たちにお辞儀をしたり、学校は自分たちが清掃するのに、こちらではそういう習慣がないこと。授業の間に休み時間がなくその代わりにリセスという午前中の長い休憩時間があること、最初はいろいろなことがわからなくて辛いことがあったけれど、慣れるにつれて楽しさも増し、たくさんの友だちができていること、何もかも違って自分のComfort Zone(居心地のよい場所)から無理やりにでも引っ張り出されること、でも、そうやってここで成長し大きな人間になるためにがんばるんだ、というようなことが書いてあります。

DHSのキャンパスの中を歩いていると、行き交う先生がたから、「みんなフレンドリーだね」「オーストラリアの生徒たちとよく混じっているね」という声がよく聞かれます。

選択授業を担当されてみえる先生がたからも、”I like them.” とか、”They are good.” という反応が多いです。

留学してきた生徒たちが積極的な姿勢を見せれば、キャンパスでの交流は、とてもやりやすいものになります。

DHSには、日本語を習っている生徒が多く、その生徒たちとICETの生徒たちとの対面が済み、Buddyが組まれました。明日から、9年生、10年生で日本語を習っている生徒たちが、自分のBuddyとなったICETの生徒をキャンパスで探し、日本語でインタビューを試みることになっています。彼らの日本語の生きた練習です。ICETの生徒たちが生きた英語の練習をしているように。

4月には、25人の生徒たちが姉妹校である岡山学芸館高等学校を表敬訪問します。その生徒たちも、ICETの生徒たちとBuddyになり、日本のこと、岡山のことなどを日本語で質問することになっています。

時折すれ違うDHSの生徒から、「おはようございます」「お元気ですか」などと日本語で話しかけられると、本当に嬉しくなります。

SRCメンバーの任命式がありました。

全校生の前で、各学年から選出されたメンバーの紹介がありました。

 校長先生から任命書とバッジが手渡されました。

ICET生としては、11年生からはツバサ君の立候補しかなかったので、10年生から3名受け入れていただくことが可能となりました。

今年は、いろいろな行事が目白押しなので、大いなる活躍を期待しています。

任命式の後は、保護者もみえて、一緒に、Morning Teaに招待されました。

たくさんのケーキが並んでいました。

 「うーーん、おいしい!」と舌鼓を打っていましたが、おいしいはずでしょう。

ツバサ君、ユリナさん、ユリエさん、セイヤ君、おめでとう! 思う存分、活躍してください。

Function of Englishという科目があります。

英語の使い方を習う授業です。例えば、人に物を頼む時には、どういう言い方をすればいいのか。

お礼を言うには、どう言えばいいのか。

英語には、FormalとInformalの使い方があります。Formalは、改まった場、形式を重んじる関係において使われるものです。たとえば、同じお礼を言うのに、友達や砕けた関係であれば、”Ta!” ”Thanks”といった感じ。丁寧な言い方であれば、”I appreciate it・・・” ”I am grateful for…”と感謝の度合いが変わっていきます。

こうしたformalとinformalな言語の使い方を放課後、先生とある生徒が1時間半ほど1対1で習っていました。エクストラの時間です。説明も例文もすべてが英語なので、どうしてもその概念を把握することが難しいようでした。

先生のその忍耐力に感心し、英語を英語で教えるというのはここまで大変なことなのかと改めてその貢献をありがたいと思う一方、一生懸命わかろうと何度も質問する生徒の姿勢も立派だと思いました。

オーストラリアの教育で求められることは、これなのですね。点数ではなく、わかろうとする姿勢であり、一生懸命する姿勢なのです。その姿勢さえ見せれば、先生はどこまでも応援します。今日の午後は、その二人に原型を見たように思いました。

今日は、1時限つぶしてMr. Manningのお話がありました。「オーストラリアでの学習」ということについての話でした。

先生から、質問がふたつありました。

・ Why are you here? (なぜ、ここにいるか)?

・ What do you hope to achieve in the next 11 months?  (次の11ヶ月に何を達成したいか?)

生徒たちからは、

英語力の向上・英語が好き・大人になる・成長する・異文化を学ぶ・いろいろな体験をするなどいろいろな答えが出ました。

Mr. Manningが強調されたことは、次のことです。

・ みんなはオーストラリアにいる。オーストラリアは、日本とは違う。とても違う。

・ みんなは自由。いろいろなことをしてみる自由がある。

・ トライすること、体験すること、そして、体験を通して成長すること、それを大事にして欲しい。

・ オーストラリアで大事なことは、トライすること。先生たちが求めているのは、それぞれが精一杯のトライをすること。それのみである。

 

 

 

サーフィンは、オーストラリアならではのスポーツです。

PASSというスポーツの授業の一環として、夏季には、ビーチに出かけます。昨夜は、空がふたつに割れるほどに稲妻が走り巡る凄まじいシドニーだったのですが、今日は、打って変わったサーフィン日和となりました。

学校のミニバスに乗り切らないほどに人気があるので、スー先生の車に数人乗せていただき、この写真もスー先生にとっていただいたものです。

なんとも気持ち良さそうですね。

 

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先日、前日授業で学んだ世界地図について国や大陸の名前などを綴る単語のミニ・テストの結果が目に留まり、ほぼ100%に近い解答のものと、わずか25%の正解しかないものがありました。あまりにも大きな差があることに大変びっくりしました。

衝撃を受けたのは、25%の正解しかないものがあるということです。

英語で数学をする難しさはわかります。「1分に65の単語をタイプできる人が、450の単語を打つには、どのくらいの時間がかかるだろうか」というような、数学的にはやさしい問題であっても、英語の意味がわからなければ、応用問題が解けないものがあります。前後の問題を見れば、この数字を見ただけで勘が働く生徒もいるでしょうが、英語でお手上げとなってもそこに不思議さはありません。ゼロであっても、驚きにはなりません。

それが解けるようになるのは、時間の問題です。数学を通して、今は、英語を学ぶ時間だと思えばいいわけです。

私が理解できないのは、前日の授業でこの40個の単語を既に学習していて、そして、テストが明日あるよと言われていて、練習しさえすればできるものを、練習してこないということです。なぜ、全部自分に確信が持てるまでに徹底しないのでしょう。

今日の午後、宿題をしてこなくて先生に学校に残された生徒たちがいました。

宿題は、今日学んだことを復習し、記憶に留め、構文や語彙を反復することで英語という言語を自分のものとしていく上で極めて大事な過程として出されるものです。宿題をすることの大切さは、先生たちが繰り返し繰り返し説明しています。

生徒たちがここにいて負っているたったひとつの責任は、勉強する、ということです。

それならば、なぜ、宿題をしないのか・・・・

100%をものにできる機会があるのに、なぜ、25%で妥協するのか・・・

なぜ、自分をそのレベルで良しとしてしまうのか・・・

復習し、覚え、1日でも早く英語を自分のものとしたいと思わないのか・・・

さらに突き詰めれば、一体、何をしにオーストラリアに来たのか?

勉強するつもりで来たのではなかったのか・・・