昨日(18日)、6kmのレースがありました。

学校を代表して、地方大会のレースに出場する生徒を決めるレースです。

男女混合、学年も混合。みんな一緒にスタート。

  

  

レース後の点呼を待っている瞬間。

気心の通い合った仲間たちと、完走した喜びをかみしめているでしょうか、それとも、決して結果に満足することなく、あそこでこう走るべきだったとさらなる改善を頭の中で巡らせているのか、次への闘志を燃やしているのか・・・。

風邪を押してもなお走ったシュウヘイ君。止められても走り抜くその根性。何に駆り立てられているのでしょう。

11年生と12年生の先輩たちの爽やかで、そして、すばらしいレースでした。良いタイムが出ているといいですね。

 

1月に渡豪して、そろそろ4ヶ月になります。

まだ4ヶ月というよりも、もう4ヶ月という印象のようが強いようですが、生徒たちの心理においては、4ヶ月という時の刻みがかなりの重みをもっているようです。

マユさんとエリナさんから投稿がありました。

「こんにちは!
オーストラリアに来てから もうすぐ4ヶ月が経とうとしています。日本にいるときと比べてオーストラリアにいるときのほうが一週間がとっても早く感じます。オーストラリアはだんだん寒くなってきて、日本のこたつやなべ料理が恋しくなります。
今週、11年生はHalf Yearly Examというテストがありました。もちろん問題も答えるのも全部英語なので本当に難しいし、大変です。
6月はたくさんの行事があるので、今月はそれに備えてみんなで話し合ったり準備をしたりと充実した日々を送っています!!」  by Mayu

テストに行事にとがんばっていますね。充実していると感じられることはとても幸せなことです。

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「みんなが口をそろえて言っているように、こっちにきて、4ヶ月がたとうとしています。

私は正直なことをいうとベースになるものが薄く、ICETで求められているACTIONを起こすことが難しいです。

受信者になることは簡単なのに自分が発信者になることがなかなかできませんでした。

嫌なことから自然と逃げていた私はACTIONもなく、皆にどんどん追い越されてこのままでいいのかな、と焦りを感じました。 うまくいかないことばかりで、言いたいことも言えなくて 悔しいなって思ったこともありました。

でもそれを機に私は復習から始めようと思い、放課後に少しずつ勉強をし始めました。
人より遅れてしまった分、ここで取り戻し ていきたいと思います。

それと、水曜日の放課後にバレーボールを始めたので、いろんな人とのかかわりをもち、そこから感情表現や話がすらすらと弾む会話力が身についたらいいな、と思います。

私が入ったチームは同い年の子がいなく、年上の男性が多いチームでした。
私が最年少ということで、とても優しく接していただき、すすすすすーっと入ることができました。
コーチの方にも呼んでいただき、今週末の試合に行ってみます。

学校や私生活だけじゃ体験できないこと、普段の生活を普通に過ごしていたら絶対にかかわることのない人とかかわることができ、世界を自分で体験できることが目にみえてることが、本当にHAPPYです。

これ が私のACTIONにプラスになってくれることを願って、積極的にがんばります!

みんなになんて
まけないぞっ(^ω^)★ 」

by Erina

  大人のグループの練習に入ったエリナさん。監督にその腕を早速に認められ、来週からは、マケラ女子高校のバレー部のチームに参加させてもらえるとのこと。

マケラ女子高はこのあたりでは公立の名門校。バレー部は、今年度最後に全国大会まで行くことを目指しているとのこと。

1週間前には想像もしていなかった展開が目の前に開けてきました。それは偏に、一人でもいいからやってみようと渾身の勇気を奮って決断したからです。

良かったですね。

 

オーストラリアと日本の教育には、いろいろな違いがあります。
その違いの最たるもののひとつが、このCritical Thinkingというものです。
日本と対極にあるといってもいいものです。
日本の教育では、知識を与えられ、それを習い、覚え、記憶し、その記憶を測るためのテストをします。そのテストの点数が良ければ、能力が高いと評価されます。
知識の積み重ねはオーストラリアの学習でももちろん大事です。基本的な知識がなければ考えることができません。
違いは、その後です。
知識を得たら、それをどう使い、どう応用するか、選択肢はどのくらいあるのか、先が見えるのか、それは正しいのか、応用の過程に問題はないのか、結果はどうか、失敗ならどこが拙かったのか、どこで狂ってしまったのか、最初の案のどこに失敗の原因があったのか、もっとベターな応用方法があったのではないか、というようなことを考えさせるのが、Critical Thinkingです。
このCritical Thinkingの能力を高めるために、あらゆる分野で訓練されます。
そして、この方法や過程を問題解決のために応用します。
そのためには、話し合いが大事、自分の意見や考えを表明することが大事、自分のポイントを相手に理解させることが大事。だから、よく話します。意見を言います。意見を求められます。考えることを強いられます。思考の過程の説明を求められます。
日本は、数学でも国語の解釈でも、答えが出ていればそれでいいのです。それも、問題に対してはたった一つの答えが。こちらでは、数学は、正解であっても答えだけではフルの点数にはなりません。問題を解いていく過程を書き出すことを求められます。そして、最終の答えが間違っていても、過程が書いてあれば、それに対して評価が与えられます。
文学も絵も音楽も解釈は、いろいろなものがあっていいのです。この解釈以外はすべて間違い、なんていうことはないのです。
ICETの教育の目的を成就させるための手段の6番目がこれです。
6  Critical thinking and problem solving
     批判的な物の考え方と問題解決
日本から来た留学性は、最初の頃は、これを苦手中の苦手とします。それはそうでしょう、ほとんどの生徒がやったことがないのですから。
授業中に自分の意見を求められる!? これほど苦痛に感じることはないようです。
自分が特定のことに関して、どんな意見をもっているかもよくわからない。持っていても、そんなことをみんなの前で言うなんて! 間違ったらどうしよう。何を言ったらいいのかわからない。
そして、あるのは沈黙。これが、何ヶ月も続きます。1年続く生徒もいます。それまでやったことがないから、仕方がないといえば、仕方がないのですが。
「オーストラリアの授業がうるさくて、なんて秩序の無い授業だと最初は思っていたけれど、言葉が徐々にわかってきたら、実は、先生の言葉に生徒が自在に自分の意見をぶつけていたり、生徒の意見にまた別の生徒が意見をぶつけていたのだということがわかった」という生徒もいました。
また、自分の意見や考えを論理的に説明するということも求められます。日本人の生徒の答えは、単語ひとつ、たまに文章が終わりまで出たら上出来。それ以上長くなることは滅多にありません。説明が必要なことになると、始めても、たいていは、途中で崩れてしまいます。
これが、きちんと自分の意見を表明できるようになるまでは、相当な時間を要します。でも、それができるようになると、とても楽しいのですね。
ところが、せっかく苦労してようやく自分の意見を表明できるようになったのに、日本でこれをすると、「生意気だ!」「授業態度が悪い!」と問題になるのです。
Critical Thinkingは、国際的に活躍するためには欠かせない能力です。
この能力を留学中にできるだけ培うことが、ICETの目標のひとつであるのは、そういう理由からです。

募金をしながら走る’Fun Run Fundraising’が開催されました。

12年生を除く全校生が、学校の近くの大きな広場に集合しました。目的は、5km走る、というものです。

この催しには、DHSが今年初めて参加するということなので、よくいろいろなことがわからない中、生徒たちは、ともかくも走り始めました。

クロス・カントリーの一部として、学校のスポーツ競技のひとつとして組み入れたようです。来年からは、年中行事のひとつになるということです。

前日までは誰に聞いてもよくわからず、当日になってからいろいろなインフォーメーションが入ってくるというのはこの国の常のことなので、生徒たちも、段々にその「なるようになる」的なやり方に慣れてきたかもしれません。

気温がかなり上がった日だったので、歩く生徒たちもたくさんいました。中には、本気で走ってみえる先生がたもおられました。

 

レースが終わり、全員に参加したことを示す賞状が主催者のアディダスから、そして、学校からはアイスブロックと呼ばれるシャーベットが提供されました。

楽しい数時間だったことでしょう。

 

面白いサイトがありますので、ご覧になってみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=4BbkQiQyaYc

これは、人口の増加を世界地図の上で示すものです。黄河文明とインダス文明のあった中国やインドは、紀元前何世紀も前から相当の人口を抱えていたのでしょうが、このサイトでは、古代ローマ帝国のあたりから始まります。

文明の進歩とともに、世界のいろいろな地域での人口の増え方がわかります。

コロンブスの航海以降、マヤやアステカ、そして、インカの金銀財宝を吸い取り、持ち去り、その後のヨーロッパの隆盛がいかにすごいものであったかは、この人口の増え方でとてもよくわかります。

そのヨーロッパが今、自らが築いてきた金融システムの崩壊の危機に瀕しているのは、なんとも皮肉なことです。

圧巻は、近代的医学の発達や衛生状態の改善によるわずか50年ばかりの間の圧倒的な人口の伸びです。

ひとつの点が人口100万人を表すというのですが、地球全体が、どんどんと点で埋まっていきます。それに反して、カナダやロシア、そして、オーストラリアは、ほぼ空白のままです。

オーストラリアは広大な大陸で、日本の面積の約20倍あります。人口は東京都が約1300万人、オーストラリア全土で2千万人です。

地球上のエネルギー、空間、食料の供給は限られているのに、この人口の急激な増加に、私たちはどう対処していくのかというのが、この動画のメッセージです。

そして、今現在、地球上の人口は、目が回るような勢いで増え続けています。

http://www.worldometers.info/

「どう解決すればいいの?」という生徒からの素朴な質問。

解決方法があるのでしょうか。真剣に知恵を絞らなければならないことです。どんな解決方法が出てくるのでしょう・・・

 

 

 

「異文化理解」という言葉が日本でよく使われます。
これは、異なった文化という対象がそこにあり、その理解に努めようとするものであるという印象を受けます。つまり、主体がこちらにあり、あちらを理解するという、一方通行の感覚です。
英語では、cross-cultural understandingという言葉を使います。一方通行ではなく、交流を通しての相互理解です。両方からの絡み合いがある、という感覚です。
ICETのプログラムの目的の5番目。
5 Cross-cultural understanding and friendship
  文化の相互理解と友情
異なった文化は、どうしたら理解に至るのか・・・
本やインターネットを通じてたくさんの情報を得ることは重要で役立ちます。さらに大事なことは、実際に現地に行ってみることです。旅行ではなく、住んでどっぷりと自分の身をその中におき、実体験の連続の中で「感情」を伴う体験を得ることです。
では、実体験をしたら、いかほどに文化が理解できたのかとなると私自身あやふやです。
習慣や言語や目に見える違いは、簡単に理解できます。でも、文化の理解は、その裏や奥にある精神性が理解できて初めて理解できた、と言えるものなのでしょうから。
文化の精神性。これが実に難しいのです。
先住民であるアボリジニーの人々の歴史やDream Timeという彼等独特の世界観は、それ以後の文化とは隔絶されたものです。そして、先住民を殺戮し、彼等の土地を略奪したところからを建国とするそれ以後の歴史は、常に、そこにシャドーを背負い、それがこの国の文化の精神性に少なからず影響していることは否めません。
最初に移民してきた人々の多くが、本国では、罪はほとんどなかったとしても、犯罪者であり囚人であったこともその後のこの国の国民性に大きな影響を持っています。
現在では多様な民族が入り混じっているので、価値観が多様に入り乱れ、精神性を掴み取るのは容易ではありません。でも、この前、ANZAC Dayのときにお話しましたように、ANZACの精神が、オーストラリアの精神性を代表するひとつの大きなものではないかというのは、かなり鮮明に感じ取ることができます。
しかしながら、これだけ多民族が共存していると、個人の価値観が如実に現われ、一様には到底統括できるものではありません。
そうなると、異文化理解というよりも、むしろ、「交流」に重きを置き、交流が盛んに起こることを奨励すべきです。
そこで、必要となる条件が、「心を開く」ということなのです。互いの違いに、互いの価値観に。
日本のやり方と違う、日本ではそうしない、日本のほうがいい、というスタンスで毎日の生活を送ると、オーストラリア人の中に本当に飛び込んでのオープンな交流を求めることは難しくなります。
いかにしたらいろいろな場所で、いろいろな人との交流が可能になるのかを考え、その場をできるだけたくさん創り出すことで、ICETでは目的の成就を図っています。一人でも余計に現地の人々と留学中に交流し、価値観を交換し、交流の重要さや楽しさを体で感じ取ることができたら、留学はとても豊かなものとなります。

「母の日」の祝い方は、日本とオーストラリアでは大きく違います。

オーストラリアは文化の一部となっていて、国をあげて「お母さん」の存在を感謝し祝います。

今日はすばらしいお天気に恵まれ、街中では、乳癌の予防と治療のための募金活動としてマラソン大会が催されたり、様々なところでいろいろなイベントが開催されていました。

日曜の朝市は家族連れで賑わい、ビーチではピクニックの家族が至るところに散らばり、レストランというレストランは、二世代三世代同席の家族客でいっぱい。

各家庭でもいろいろな祝い方があったことでしょう。留学中の生徒は、今日は、一人残らず、なんらかの形でホスト・マムに感謝の気持ちを示していることでしょう。明日学校で、いろいろな話が聞かれることと思います。

それだけに、日本のお母さんを強く思い、少しメランコリーな気分に陥った生徒もいるかもしれません。

 

世界のいろいろな場所で、政治的、社会的、倫理的、経済的、そして、サバイバルのためのいろいろな問題が起こっている中、今日のシドニーの海は、不思議なほどに静かでした。

ほとんどの波のない太平洋は、地球のあらゆること、そして、人間の問題を穏やかに包み込んでしまうようでした。まるで、母なる人々の深い懐のように。

今日の日が、母である方々にとりましても、これから母になられる方々にも、深い幸せが感じられる日でありましたことを祈ります。

そして、ご自分のお母様、ご伴侶のお義母様に心からの感謝を捧げられた日となりましたことを願っております。

お母さんの幸せは、子どもを、そして、家族全員を幸せにします。そうしたら、社会全体が良いものになります。母の力とは、それほどに大きなものかと思います。

 誰もが母を持ちます。

地球上のすべての「お母さん」に幸がありますよう。

 

 

明日は母の日。

日本でも母の日は、大きな行事なのでしょうが、オーストラリアでは、とても大きな行事です。

留学している生徒たちには、お母さんと呼ぶ人が新しくもう一人増えました。

2週間ほど前から、母の日にどうしようと考えていたようです。凝ったアルバムを作成している生徒、日本食を作ってあげようと献立を考え、日本のお母さんに(?)その材料を送ってと頼んだ生徒、友達と共同でパーティを計画している生徒、前日に仕入れたら花束を見つからないようにどこに保存したらいいのかなどと、みんな、いろいろな案を練っているようです。

特に男の子たちが真剣に考えている様子は、とてもかわいいものです。

「母の日」のこちらでの通常のパターンは、ママは、朝ゆっくりと休みます。子どもたちとパパが奮闘して朝ごはんを作り、ベッドまで運びます。ママは、ベッドの上でゆっくりと朝食を。

その後は、ドライブに出たり、ビーチでピクニックをしたり、近しい友達のファミリーと一緒にランチをしたり、子どもたちやパパからのプレゼントを開いたり・・・ レストランや観劇に出かけたり、家族からの特別なプレゼントとして旅行に出たりと家族によってそれぞれです。夜は、多くの家がBBQ。

日本にいらっしゃるお母様方には、ちょっと寂しいことですが、来年、おつりがくるくらい大事にしてもらえる企画がありますよう。

留学し、よそのお家にお世話になるようになって初めて、子どもたちの心に、日本の親御さんに対する感謝の気持ちが沸々と湧いてきます。自分がいかに甘えていたか、どれほど、お父さんお母さんに頼っていたか、どれほど大事にされていたか、初めて認識するようになります。

素直に「ありがとう」と言える生徒もいれば、その「ありがとう」がなかなか出せない生徒もいます。でも、みな、一応に、感謝の気持ちは抱いています。

母であることは、女性の特権です。

子どもの笑顔があれば、母の心は穏やかです。

子どもが幸せであれば、母の心も幸せです。

子どもが悲しんでいれば、母の心は、その何十倍も痛みます。

遠くからこの1年を見守ってみえるお母様方は、遠くに手離してしまった子どもの成長を一喜一憂しながら見守り、毎日祈ってみえることでしょう。

この1年は、とてつもなく貴重なものです。子どものその後の人生に大きな影響を持つようになる1年です。ご自分がどんなに寂しい思いをされても、その貴重な1年を子どもに贈られた母心。それは、どんなに勇気があっても、子どもへの大きな大きな愛情と信頼がなければできないことです。

それをあえて敢行されたお母様がたに、心からの賛辞と敬意を表します。

子どもたちは、どんなに感謝しても感謝しきれない贈物を授かったのです。今も感謝しています。でも、今の感謝は、親がしてくれたことに対する物理的なレベルのものです。この1年がどんな意味を持つようになるかは、時が経ち、もっと成長してからでないと本当の理解はできません。でも、それでもいいのです。いつか、きっとわかるでしょうし、感謝はもっとずっと深い精神的なものとなっていきます。

子育ては、簡単ではありません。食べさせ、洋服を与え、教育の機会を与えるだけではなく、一人の人間の人格を培わなければならないからです。

それ故に、子育ては、何にもまさる崇高なものです。

子どもを育てる喜びは、ほかに比較できるものはなく、それは母となった人の特権です。

遠くに離れていても、明日の「母の日」、皆様のお心が、母としての幸せと誇りに満たされるものでありますよう・・・

 

Fun-Run School Fundraisingという活動があります。

http://www.youtube.com/watch?v=J0TQMo_IVxo

スポーツ用品の会社Adidasが主催しているもので、学校が、必要とするものの費用を集めるために、生徒たち全員が参加するものです。

DHSも今年から参加することになったようです。

学校に隣接する広場に、バスケットボール用の施設を取り付けるためと募金活動を行うとのこと。全校生がネットで登録し、冊子をもらって、5月23日までにできるだけのお金を集めてくる、というものです。

さあ、どのくらいみな集めてくるでしょう・・・

10ドルまで行けば、Adidasから商品が出るようです。

 

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先日は、SOPAの舞台裏のお手伝いがいるのでボランティアする人は、という声がかかってきました。

たまたま12人のクラスのレッスンでその話が出たのですが、最初は数人上がっていた手が、あっという間に12人になりました。

全員、ソーラン節で舞台に上がるのですが、舞台裏で黒子として動く体験は、また、特別なものでしょう。

やってみようという精神、大いに結構です。

 

 

Career EXPOという催しがありました。
10年生と12年生には、どんな進路があり、どんな職業があるのか。進路に関する情報が一堂に集めてある会場にバスで出かけます。
10年生で、こちらの義務教育は終わります。就職する生徒もいれば、専門学校に行く生徒もいます。ICETの10年生も一緒に招かれました。
12年生は、高等教育が終了します。就職か、進学か、それともギャップ・イヤーか。正しい判断ができるよういろいろな資料を得ることができます。会場の写真が無いのが残念です。
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4名の男子たちが野球の試合に出かけました。DHSのチームを編成するメンバーたちです。
  学校の授業中に出かけるというのがおもしろいですね。相手は、Marsdenという学校です。
 グラウンドには、いかにも強そうなチームが練習していました。なんと、それが、DHSだということ。
 最初のイニングで、8点か9点を入れ、途中からは、もう得点を数えなくなってしまいました。
 年少組みはベンチ、というのは万国共通のようです。7年生や8年生のまだ初々しくかわいい子どもたちは、先輩シニアの活躍を眺めているだけです。
でも、そんなふうに勝っていたので、最後に守りに付き、打たせてもらっていました。
あまりにもあっけなく勝ってしまったために、逆に気が抜けてしまったみたいでした。